月刊ショータ

元電通コピーライター。ずっと自称コラムニスト。著書『広告業界という無法地帯へ ダイジョーブか、みんな?』、『カウボーイ・サマー 8000エイカーの仕事場で』

『カウボーイ・サマー』(第1章無料公開)③

DAY 3 「ブランディング

 

 三日目にして、ビッグデイを迎えた。ブランディングである。ブライアンとチャドという親子が経営する牧場へ、牛の焼印捺しの作業を手伝いに行くのだ。

 焼印をブランド、それを捺す作業をブランディングと呼ぶが、広告業界で言う企業のブランディングとは、つまりこれが語源になっている。

カナダのサスカチュワン州では、家畜である牛や馬に焼印を捺して持ち主を明示することが義務づけられている。
牛なら最小で縦七五ミリ、横五〇ミリのサイズで、右肩・左肩・右のアバラ、左のアバラ・右の尻、左の尻のいずれかの位置に捺す。
位置は牧場ごとに決められている。これは、同じマークでも位置によって区別ができるからだ。馬なら縦五〇ミリ、横二五ミリで、左右いずれかの顎・肩・尻である。

大文字のQはOと紛らわしいので使用不可。数字の0や1も除外される。
アルファベットや数字を横倒しに使うこともあり、それらはレイジー(怠けた)と言われる。
その場合も、Zと間違えるのでレイジーNは禁止。レイジーI(アイ)、レイジーU、レイジーVも不可、などと事細かに規定が定められている。
州のブランド登録事務所に第三希望までを申請し、規定に則っていて、近隣に似たブランドがないことが確認されると、晴れてその記号がその牧場のブランドマークとして認められる。

カウボーイにとって、ブランディングは自分の財産を守るための重要な仕事なのだ。

牛に焼けた鉄を押し当てて自分の所有を示す印を付けるという行為は、元々はスペイン人が北米に持ち込んだという。それ以前に、牛という動物自体、スペイン人がアメリカ大陸に運んできたものが繁殖していったのだ。

コロンブスアメリカ大陸を発見したのは一四九二年であるが、翌九三年から九六年の二度目の航海では家畜として牛馬を連れてきている。九四年に現在のハイチ共和国に陸揚げされたのが、新大陸における初めての牛馬だったのではないかと考えられている。

前回の航海で大陸を発見して、この時にはすでに恒久的な植民の意志があったということだ。牛は食糧の他、皮革や油脂の供給源として、馬は軍用として重宝された。

畜産は西インド諸島の温暖な気候に適していたため、牛たちは瞬く間に繁殖していった。
一六世紀前半に、スペインの探検隊を率い、のちにメキシコの副総督に就くグレゴリオ・デ・ビラロボスがまず牛をメキシコに上陸させた。

馬に関しては、アステカ王国を滅亡させた征服者のエルナン・コルテスが持ち込んだ。馬の機動力を活かして、原住民との戦闘を有利に進めたという。

一六世紀半ばには、すでに牛はメキシコ領内で増えすぎている状態になった。そこで、牧畜をしながら伝道に従事していた修道士たちが、メキシコ人であるインディオや黒人に牛馬の世話をさせた。彼らは、スペイン語で牛をvaca と言うことから、ヴァケーロと呼ばれた。のちに北米でカウボーイと呼ばれる者たちの始祖である。

一七世紀になると、スペイン政府はメキシコでの土地の所有を保護するようになった。所有権を正式に認める代わりに、それに応じた税を課して新しい財源としたのである。
すでにその地域である程度の権力者となっていた牧場主と、布教の使命を帯びた修道士たちは、現在のニューメキシコ州アリゾナ州テキサス州といった南西部に徐々に領地を広げていった。

一八世紀の間に、牧畜に適した南西部の温暖で乾燥した土地において、スペイン人たちは働き手であるヴァケーロの不足やインディアンの襲撃や牛泥棒の跋扈にもかかわらず、牛たちを順調に増やしていった。
一七六九年にカリフォルニアに初めての伝道所が設置され、そこでも放牧は行われた。

簡単に述べると、北米に家畜がもたらされた経緯は以上のようなことになる。
その歴史は、神田外語大学教授であった鶴谷壽氏による『カウボーイの米国史』(朝日選書 一九八九年)という書物に詳述されている。
鶴谷教授は「牧畜だけが、テキサスやアメリカの西部に生き残った唯一のスペインの遺産とも慣習ともいえる」と、興味深い指摘をしている。

カナダに家畜としての牛馬がやって来るのは一八四六年である。
イギリスの毛皮交易会社であるハドソンベイ・カンパニーのドクター・ジョン・マクロウリンが、コロンビア川沿いの交易拠点であったフォート・ヴァンクーヴァーから、船でヴァンクーヴァー島に連れて来た。
六〇年代に、カナダにも次々と牧場が開かれていった。その担い手の多くはイギリスからの移民だったが、アメリカから国境を越えて来た者たちもいた。

その頃、つまりテキサスが一八三六年にメキシコから独立を宣言したことから起きた四〇年代の米墨戦争、四九年に絶頂を極めたゴールドラッシュ、六一年に始まり六五年に終結した南北戦争といった歴史の激しいうねりを経て八〇年代のあたりまで、牧畜業はアメリカ西部の経済活動の大きな部分を占めていた。

しかし、家畜は誰にも属さない公有地に放たれていた。複数の牧場主の所有する牛たちが、同じ土地に混在していたわけだ。だから、自分の財産である牛は焼印を捺して目印を付ける必要があった。
しかも、野生の牛は捕まえて焼印さえ捺してしまえば自分のものにできるという風習まであったのだ。

サミュエル・A・マーヴェリックという男は「焼印のない牛はすべてわたしのものだ」と豪語して、あえて焼印を捺さなかった。
彼の権力が強いうちは、人びとは焼印のない牛を見ると「あれはマーヴェリックさんのものだ」として捕らえはしなかった。

南北戦争後、荒廃した土地に野生の牛があふれると、カウボーイたちはそれらを「マーヴェリック」と呼んで大いに捕獲したという。
こうして、英語でマーヴェリックというのは、「所有者不明の焼印のない牛」という意味と、転じて「無所属の者」「異端児」「一匹狼」という意味を持つようになった。

こういった歴史を持つブランディングだが、その方法は一五〇年前から現在に至るまで、基本的なやり方は変わっていない。
その日、僕が目にしたのは、原始的とも野蛮ともいえる、実に粗暴な世界であった。

 

ジェイクとリンカ、ディーン、そして僕は、馬を運ぶためのホース・トレイラーを牽いたピックアップトラックで、約二時間離れたエステヴァン郊外の牧場へ向かった。
到着すると、すでにそこはホース・トレイラーが並んでいた。
友人たちや周囲のカウボーイたち三〇名ほどが馬を連れて、手伝いに来ているのだ。

カウボーイたちは人手が要るブランディングの際には、お互いの牧場に出向いて助け合う。ホストとなる牧場主はビールや食べ物を大量に用意して、来た人たちを出迎える。

鉄柵で囲われた中に仔牛がウジャウジャいる。
仔牛といっても、生後ひと月半程度にして体重は八〇から一〇〇キロほどに育っている。
仔牛たちは、鉄柵の外にいる親牛たちに向かって助けを求めるように鳴き声を上げている。親牛たちも呼応して声を振り絞って我が子を呼ぶ。

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鉄柵を越えて中に入ると、まずその喚声に圧倒される。
間近で見る興奮した牛たちの動きや、所構わず垂れ流す糞やヨダレも、僕の恐怖感を煽あおる。

僕たち一行は少々道に迷って遅れて来たため、すでに作業は開始されていた。カウボーイたちは皆ハットにジーンズ、足元はブーツで堂々として見える。
そんな中に日本人カウボーイのジェイクはズカズカ歩いていって、知り合いたちと挨拶を交わす。

ブランディングの仕事は、大きく分けて馬に乗ってロープを操るグループと、地上で作業をするグループに分かれて行われる。
細かくは、焼印を捺すだけではなく、個体識別の耳タグ、予防接種の注射、駆虫剤の塗布、角が生えそうな仔牛にはそこを焼いた鉄棒で焼き潰す作業、オスには去勢と、多くの作業を分担していっぺんに片づけるのだ。

まず、鉄柵の中で馬に乗ったカウボーイが、ロープを投げて仔牛の後ろ足を捕らえる。
両足捕まえられたらなおよい。
彼はすぐにロープをサドルの前部に付いているホーン(角)に巻き付ける。それをしないと牛の力に人間の腕力では勝てない。
ロープの強度と馬の牽引力を用いて、仔牛を鉄柵の一方だけ開いた側へ引きずっていく。

柵を出たあたりで、ヘッドキャッチャーという鉄製の器具を構えて、地上班が待ち受けている。これは、中央で二つ折りに可動する楕円形の輪だ。端にはヒモにつながった鉄のペグが付いていて、地面に打ち込まれている。

馬にズルズルと引かれて来た仔牛の頭にタイミングよく輪っかを掛ける。馬が、足を捕らえられたままの仔牛を引いて進み続けると、やがて輪っかはペグで固定されたヒモによってピンと張る。

つまり、頭はヘッドキャッチャーで引っ掛けられ、脚は馬に引っ張られ、仔牛は身動きが取れなくなる。
そこに各担当の地上班が駆け寄り、一連の作業を順に行なっていくのだ。ヘッドキャッチャーは三つ用意されていて、三列で次々に流れ作業をこなしていく。

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耳タグはピアスを打つ器具の巨大版みたいなものだ。表と裏、ふたつのパーツに分かれた円形のタグを取り付けたピアッサーで、耳をガチンッ! と挟む。すると、二つのパーツが一つに噛み合う仕組みだ。

駆虫剤は犬や猫の首元に垂らすノミの駆除剤と同じ要領だ。水鉄砲のような器具で仔牛の胴体にシャーッとかける。
皮膚から血液中に浸透して効果を発揮する。
これは成分にアルコールを含んでいるから、引火しないように、焼印を済ませた最後に行うとのこと。

カウボーイは常に最高の効率と安全を追求して仕事にあたるのだ。

焼印捺しは、普通は牧場主が直々に行うものである。自社の商品にブランドマークを入れるのは、やはり最も責任が重い工程だ。
ところが、この日はなぜかディーンがもう一人の男と交代でやっていた。それだけ信用されているということか。

鉄柵の外に置いたグリルで火を起こし、先端にブランドマークのある鉄棒(ブランディング・アイアン)を真っ赤に熱する。

三列のヘッドキャッチャーへひっきりなしに仔牛が運ばれて来るから、常に適切な温度を持った鉄が用意できるよう、ブランディング・アイアンは複数本がグリルに突っ込まれている。角を焼き潰すための、先端が丸い鉄棒も一緒に熱せられている。

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耳タグや注射などの作業が済むと、ディーンは周囲に気を配りながら、アイアンをグリルから取り出す。
この牧場では、ブランドの位置は右の尻なので、彼はそこに慎重に鉄を当てる。ジュウゥーと皮膚と獣毛の焼ける匂いが煙とともに立ち上ぼる。
当然仔牛は、「オオウアァァ~!」「ウエェェ~!」と断末魔のような叫び声を上げ
る。

ロープで引きずられる時点で、仔牛は殺されるような恐怖を露わにして、白目を剝き、ヨダレを撒き散らして、必死に大声を出している。
それが焼印によって頂点に達する。

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それをおよそ二五〇頭繰り返すのだ。阿鼻叫喚とはこのことだ。

ただし、牛の皮膚は人間の五倍も分厚いため、痛みや熱さにはめっぽう強い。
全てが済んで解放された仔牛は、スッと立ち上がり、何事もなかったように親牛の元へ帰っていく。
中にはショックでしばらく立ち上がれないものもいるが、カウボーイが追い立てればやがて去っていく。

僕も男性の一人として、正視に堪えなかったのは、去勢である。ジェイクは、着いて早々、去勢係を買って出た。
僕は何が起きているのかまずは把握するため、初めのうちはビールを飲みながら状況を見ていた。

ヘッドキャッチャーによって横臥させられた仔牛の生殖器を確認した誰かが、「オスだ!」と叫ぶ。
すると、ジェイクは医療用のメスと消毒液を持って駆けつける。
バケットをぶら下げたリンカもあとに続く。
ジェイクは膝をつき、なんのためらいも見せずに、まるで手練れの自動車整備士がタイ
ヤ交換でもするかのように滑らかな動きで事に当たる。
スッと陰嚢を横一文字に切った。そして、それを左手で握って、切れ目から二つの睾丸
を絞り出す。白くてツルッとした質感はまさに白子だ。
指でズルズルーッと引き出して、玉につながった精細管をチョンと切る。睾丸はリンカが差し出す容器に入れ、精細管はポイと捨てる。
最後に、傷口に消毒液をぞんざいに塗ってハイ終わり。

見ているだけで、痛く、哀しい……。

体格のいいオスは、「ブル」として種付け役になる。しかし、通常のオスは生まれてひと月やそこらで去勢されて「ステア」と呼ばれるようになる。
去勢されると大人しくなるので、肉質や革質に良い影響を与える。

「俺たち一七〇センチそこそこの男がもしも牛だったら、間違いなく去勢されて、あとは屠殺されるのを待つだけ。たまらんよなぁ」と、ジェイクはしみじみと話した。

「ブルは、メスの中に放たれて我が世の春ですね」と僕が言うと、彼はこんなことも教えてくれた。
「だけどな、ブルはブルで大変やで。その最中に他の牛があの巨体で横からドーンと体当たりしてきたりすると、アレが折れてまうんや。ポキッと」
「うわ。アイタタタ……」
「そうなったら用なしやから、殺されるしかない」

オスというのは、消費されるだけの、厳しい世界に生きている。毎年子を産まされるメスもそうなんだと、分かってはいるけれど……。

開始して二時間ほどは怖くて入っていけず、僕はあちこちで写真を撮ることに専念していた。獣たちの咆哮と、カウボーイたちの迫力に気圧されて、全くなす術がなかったといっていい。

その時は焼印を捺すのが本来は牧場主が担当するような重要なこととは認識していなかったから、ディーンに訊いてみた。
「これなら僕にもできるかな? 捺せばいいんだろう?」
「いや、これはやめといた方がいいよ。力加減がちょっと難しいんだ。押し過ぎれば皮膚を破いて酷ひどい火傷をさせてしまうし、弱すぎればブランドがうまく付かない」

仕方ない。まだ三日目だがせっかくブランディングに参加させてもらっているのだから、それらしいことをしなくてはいけない。
馬に乗ってロープを扱うのは問題外に難易度が高いので、ヘッドキャッチャーで牛を捕まえて、押さえ付ける役割をやってみるしかない。

僕は何度も躊躇して、何度も自問して、やっと勇気を振り絞って、一人のカウボーイに声をかけた。
「やってみてもいいか? 教えてほしいんだ」
「ああ、もちろん。持ち方はこうだ」

彼はヘッドキャッチャーの構え方を見せてくれた。くの時に折れる輪っかを両手で持って、後ろ向きに引きずられてくる牛に対して半身になる。目の前に来たところで、タイミングよく頭に引っ掛けるのだ。
それからすかさず、組み伏せる。
鉄製のヘッドキャッチャーはずしりと重い。

一頭の仔牛がこちらへ来る。緊張が全身を走る。
失敗!

輪の掛かり具合が浅くて、頭から外れてしまった。牛はそのまま引きずられて行ってしまう。ヘッドキャッチャーはペグで地面につなげられているから、それを手にしてこれ以上追うことができない。

「しまった!」と思った時には彼が飛び出し、猛然と仔牛にタックルして引き倒していた。
暴れる牛と格闘してなんとかねじ伏せたようだ。

次はなんとか頭に掛けたが、今度は深く入り過ぎて、仔牛に組み付く僕の横で誰かが、
「首が締まってるぞ! 頬骨に引っ掛けるんだ!」
と大声で言っている。
僕は仔牛を押さえるのに必死でそれどころではない。
何人かの男たちが助けてくれて、ヘッドキャッチャーをずらす。
仔牛は観念するのかと思ったが、そんなはずはない。暴れ回ろうとして、必死で抵抗
する。
「前足を取れ!」
「手首を握って、上に引っ張ってろ!」
「そのままだ!」

色々なカウボーイたちに助けてもらいながら、なんとか仔牛の前足をキメた状態に持っていくことができた。
しかし、その腕力の強いこと。それを抑えるのも僕の腕一本。僕が引く力と、ヤツが押してくる力で勝負だ。
「動くんじゃねえ! このクソ野郎!」
 思わず日本語で悪態をついた。そうこうしているうちに、ディーンが焼けた鉄棒を持ってやって来る。
今仔牛が暴れたら、僕の太腿ももあたりをジュゥッとやられそうで、
こちらも必死だ。
「OK!」と誰かが言ったのを合図に僕は仔牛を放した。

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やる前は怖くて足が震えたが、やったあとは力を使い過ぎて手が震えた。次の仔牛に対応しようと、立っていると、馬上のカウボーイの一人が、
「そいつを一人にするな」
と地上班に指示を出した。
そいつとは、もちろん僕のことだ。
周りが助けてくれるのはありがたいことだけど、なんとも恥ずかしいことだ。そして、密かに、……傷ついた。

結局、四頭挑戦して二頭失敗。これではカウボーイ失格でも仕方がない。

ジェイクを見ると、今度は馬の上から仔牛に向かってロープを投げている。巧みに馬の方向と仔牛への距離を調整して、頭の上でロープの輪を回す。
タイミングを見て、狙った所へスッと投げる。この一連の動作を習得するのには、途方もない時間と訓練がいったことだろう。

ジェイクも日本人で、初めからこんな芸当ができたわけではないはずだ。それが今、こうしてカナダ人のカウボーイたちに溶け込んで、自分の役割を果たしている。

一度、ジェイクが投げたロープが仔牛に掛かり、逃げる仔牛に合わせて馬をターンさせる際、何かの拍子に自分の馬の尻と尻尾の間にロープが渡るような格好になってしまった。
すると、馬は気持ちが悪いのか、後ろ脚を跳ね上げてバッキングし出した。
ロデオのような危険な状態だ。ジェイクが落とされたらケガするかもしれない。

馬は四度ほど跳ねたと思うが、ジェイクはバランスを取って持ちこたえ、馬の動きを制御することに成功した。

見ていた全ての人間がジェイクに拍手を送り、口笛も飛び交った。
僕の目に、照れ笑いするジェイクの姿が眩しく映ったことは言うまでもない。

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夕方になって、全頭を処理し終えると、牧場主が用意したホームメイドのハンバーガーをみんなで頬張って、お互いを労って解散だ。
僕はなんの役にも立てなかったが、ブランディングというものに立ち会えただけで満足で、興奮がしばらく収まらなかった。

助手席から広い空と草原ばかりの風景を眺めて帰る途中、ジェイクの友人であるデイルの家の前を通るので、立ち寄ることになった。

デイルは、もう子どもたちは独立して、道路から私道を入った瀟しょうしゃ洒な邸宅に奥さんと二人で暮らしている。
庭には柵で区切ったコラルがあり、馬を二頭飼っている。
彼の職業はガス検査員ということなのだが、溜息が漏れるほど裕福な暮らし向きだ。
コラルの奥には真っ青な空を映す湖が広がる。しかし、これは大雨の時に自然と草原にできた池で、そのまま湖としていつまでも残っているものだという。

灰色の口髭を生やして、愛嬌あるクリクリした瞳のデイルは、僕ら一向を気さくに迎えてくれた。
「ビール飲むかい?」

ジェイクも僕もブランディングの会場でビールは散々飲んできたのだが、もう一本いただいた。
「ジェイクは遥はるばる々日本からやって来て、わたしが夢見たような暮らしをしている。簡単なことではないと思うよ。すごいことだ」

ジェイクは島根県で生まれ、熊本での大学時代に乗馬クラブでアルバイトをした。
そこがウェスタン乗馬のクラブで、各スタッフにアメリカ風のニックネームを付けて呼んだ。
だから、彼はカナダに来たからカナダ人が呼びやすい名前を自分で付けたのではなく、もう人生の半分ほどを「ジェイク」という呼び名で生きているのだ。

乗馬クラブで、彼は馬に興味を持ち、やがてロデオに熱中するようになった。大阪で就職してからも、同じ趣味の仲間たちとカナダに弾丸旅行を繰り返し、ロデオ大会に参加した。

そのうちに選手としてよりも、「ブルファイター」という立場に楽しみを覚えるようになった。
ブルファイターというのは、ロデオ会場で活躍するピエロの格好をした男のことだ。ブルから落ちた選手を助け起こしたり、ブルの気を引きつけて安全を確保したり、観客を楽しませ大会を盛り上げる縁の下の力持ちといったところだ。

現在の雇い主であるステュアートと出会ったのも、カナダのロデオ会場だ。彼は、日本でアルバイトを九か月して、残る三か月はカナダでロデオ三昧をするという一年間を何度か繰り返した。
平日はステュアートの仕事を手伝い、週末になるとあちこちのロデオ大会に出かけるというサイクルだ。
すでに日本でヨシミさんと結婚していて、長女のリンカもいた。

ところが、ある日、日本にいるジェイクにステュアートから国際電話がかかってきた。

「わたしが経営しているアルバータ州の牧場を売って、今度サスカチュワン州にもっと広い牧場を買おうと思っている。働き手が要るんだが、お前やらないか?」

ジェイクと、その家族の運命を変えた一本の電話だった。

(DAY 4 へつづく…)

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