月刊ショータ

元電通コピーライター。ずっと自称コラムニスト。著書『広告業界という無法地帯へ ダイジョーブか、みんな?』、『カウボーイ・サマー 8000エイカーの仕事場で』

『カウボーイ・サマー』(第1章無料公開)④

※このDAY 4は残酷な描写を含みますので、閲覧注意でお願いします。しかし、都市生活者の視点からは残酷でしょうが、牧場では当たり前のことなんですね…。

DAY 4 「牛の解体」

 

ミーが死んだ。

その日、僕はディーンの家の荷物整理を手伝って、不要な段ボールを焼却炉で焼いたりしていた。この辺り一帯では広すぎてゴミ収集の行政サーヴィスはない。
各自の敷地内で焼却処理するようだ。

ギャッヴュー・ランチにはドラム缶の焼却炉があり、燃やせないもの以外はなんでもそこに放り込んで燃やすのだ。
僕はそれがなんだか楽しくて、燃え盛る炎を眺めていたらまつ毛を燃やしてしまった。昼食の時にはそれをリンカやミライに笑われて、和やかな土曜日だった。

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朝には、僕が動けないミーに干し草と水をやったのだった。

ジェイクとは、夕方からロデオを観に町へ行こうかと話していた。
昨日がハードな一日だったから、牧場内の施設や機械を見せてもらったり、トラクターの運転を教わったり、割合ゆったりとした日だったのだ。

そろそろアリーナから一度家に戻って出かける準備でもするか、という頃、ふと目をやるとミーが横倒しになっているではないか。
不自然さを感じて、それをジェイクに伝えると、彼が寄っていって確認した。
「死んでるわ」
 僕は、言葉が出なかった。

「ちょっと今日はロデオ観戦は中止やな。死骸を処理せなあかん。ええかな?」
「ええ、もちろん」
 緊急事態だから、処理というのが何を意味するとしても、僕はジェイクと一緒にやる覚悟を瞬時に決める他なかった。
アリーナ内の空気が突如張り詰めたようなひんやりしたものに変わった。

「バラして、肉は犬のエサにする。ちょっとそこおっといて」
と、ジェイクはまずトラクターを取りに行った。
リンカもやって来て、絶命したミーを目にした。彼女は、僕がここに来る以前からミーを世話していたから、ショックだったろう。
ラクターで戻ってきたジェイクに、「ミーのお墓を作りたい」と瞳を潤ませてせがんだ。
「ダメだ。肉を無駄にはできない」
 ジェイクはいつになく厳しい口調でリンカの願いを言下に退けた。

「埋めてあげたい。パパ、ダメ? ねぇ、ダメ?」
と、なおも食い下がるリンカを、ジェイクはその度に「ダメだ」と諭し、鬼気さえ背中に漂わせて、ミーの解体の準備を始めた。

ジェイクは事前に僕に言った。
「もしも、気分が悪くなったりしたら、向こうに座っててもいいから」
「はい、大丈夫です……」
たぶん、尋常でない雰囲気に僕の顔は青ざめていたことだろう。僕は、血は苦手なのだ。
だけど、志願してカウボーイをしている以上、そうも言っていられない。平静を装って、彼の指示を待った。

ジェイクはまず、ミーの首にナイフを入れて血抜きを行った。
ミーの後ろ足に鎖を括りつけて、それをトラクターのグラッポー(物を掴つかむツメの部分)につなげる。
ラクターを操作して、ミーの大きな体を逆さ吊りに持ち上げていく。
ミーの鼻から血と体液が流れ出て、土の地面に血溜りを作った。
足首にナイフをグルリと一周させ、脹脛(ふくらはぎ)へまっすぐ下ろして皮を剥いでいく。

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僕はまだ見ているだけだったが、ジェイクがもう一方の足に取りかかったあたりで、恐るおそる手伝い始めた。
皮下脂肪に刃を入れて、ザリザリと皮と肉を離していくのだ。まだ体温を持ったミーの肉体が、血と脂肪のにおいを上らせる。
お腹を縦に切って、さらに皮を剥いでいく。
削いだ皮はヌルついていて何度も握り直さなくてはならない。ナイフも鈍なまくらになっていくから、ジェイクはアリーナ内のキッチンに砥石を用意して、ときおり研ぎ直した。

下半身の皮が「脱げた」ような状態になると、ジェイクは肉が剝き出しになった胴体を割いて、内臓を出した。
ブスーっと体腔からガスが出て、腸や臓物がドチャドチャッと音を立てて地面に落ちた。湯気が出ていた。
においも強くなり、僕は顔を背けた。かがんで臓物を手でかき集めるジェイクのキャップに、血がドボッとこぼれたが、彼は気にする様子もない。

それから、彼はミーの遺骸を吊り下げたままトラクターを外の草地に移動させ、首を落とした。
皮を完全に剥いだあとは、肉を削いでいく。
このあたりになると、もう牛は死骸というより肉の塊になっている。立派な牛肉と思えば気持ち悪さはほとんど感じることなく、僕は作業に集中できた。

草の上に新聞紙を敷いて、肉の塊を置いていく。段々とミーが肉片の残った骨の姿になっていった。
関節もナイフで切り分けて、細かくしていく。
最後にビニール袋に小分けして、冷凍庫に保存する。少しずつ解凍して犬たちに与えるためだという。業務終了だ。

かなりの重労働だったが、とにかく多少なりとも役に立てて、僕はほっとした気持ちだった。

頭部や内臓など不要な部分は、ジェイクが牧場の裏手に埋めてきて、背骨と肋骨の部分はアリーナに戻して放置し、早速犬に食わせていた。

リンカは、ミーの耳に付けられていたタグを地中に埋めて「お墓」を作ったようだ。

(DAY 5につづく…)

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