月刊ショータ

元電通コピーライター。ずっと自称コラムニスト。著書『広告業界という無法地帯へ ダイジョーブか、みんな?』、『カウボーイ・サマー 8000エイカーの仕事場で』

『カウボーイ・サマー』(第1章無料公開)⑥最終回

DAY 6「陽気な牧場主」

 

目覚めると、目の前に牛の大群がいて慄然とした。
朝靄もやにかすむ午前六時、牛たちは水を飲みに来たのだろう。

まだ誰も起きていないから、僕は読書をして待った。本を読む余裕もないほど毎日いろいろあったから、本を開くのは行きの飛行機の中以来だった。

馬はホルター(馬の頭に装着して牽くためのロープ)で木につないでいたが、彼らは四肢で立ったまま眠ることもできるのだそうだ。
帰路はまたクレイトンにまたがり、ジェイクが違うルートを先導した。二日目になるとクレイトンとはさらに意志の疎通が容易くなり、ほぼ意のままに動いてくれるようになった。

一時間ほどかけて、ゆっくりと牧場に戻った。

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明日は、ギャッヴュー・ランチを離れて、カナダ人カウボーイの所に移る。
午後は芝刈り機で居住エリアのあちこちを刈った。
映画『ストレイト・ストーリー』のような、乗って運転するタイプのものだ。
運転は難しくはないが、どういうパターンでどういう順序で刈っていくか、美的感覚を求められる。

ジェイクとフェンス修理にも行った。
先に述べたように、この辺りの広大なプレイリーは、一マイル四方のセクションという単位と、その四分の一である半マイル四方のクォーターという区画で分けられている。
そして、各クォーターは大概、等間隔に打たれた杭に有刺鉄線を張って、家畜の移動を制限している。
しかし、木は朽ちるし、ワイヤーは錆びたり、腐って切れたりするから、都度修理が必要になるのだ。カウボーイの基本的な仕事と言える。

イーグルスの名曲『デスペラード』の中で、“You’ve been out riding fences for so long now” という歌詞がある。
これは、直訳すると「君は長い間、馬に乗ってフェンスのチェックをして回っている」という意味だ。
今ではフェンス修理はピックアップトラックで行くが、昔は馬に乗って何日もかけてフェンスを見て回ったのだ。
それはひどく単調で、孤独で、時に危険な仕事でもあった。だから、この歌詞は「長い間、孤独でいる」ということを婉曲に表現している。

修理のために、ジェイクはトラクターに乗り、僕は一九九〇年製の古いダッジピックアップトラックに修理道具を積んで付いて行った。
ダッジの中は土埃だらけで、速度計は故障していて、クラッチは遠く、とても運転しづらい。でも、それがカウボーイらしくてワクワクした。

途中でフェンスの外に出てしまっている牛に遭遇した。
そうやって逃げてしまう牛を見つけて、戻すのも日々の仕事の一つだ。

ジェイクは、フェンス囲いの一部にあるゲイトを開いた。ゲイトは、地面に打ち込んである杭を支柱(蝶番=ちょうつがい)にして、有刺ワイヤーでつながれた柱四本ほどを門として開けられるようにしてあるものだ。

普段は、支柱となる杭の天面と足元に留められた針金のループに、ゲイトの柱を二点で固定して閉めてある。
開けるためには、天面のループを柱より外し、足元のループから抜き、引っ張りながら弧を描くように移動させる。
全て手作りの代物だ。
(著者註:書籍ではここにイラストがありますが、手元にないので掲載できず、わかりづらくてすみません)

「俺が運転するわ」と、ジェイクがダッジに乗り込み、まず開いたゲイトから、牧草地に一度乗り入れた。
「なんでいっぺん入ったんですか?」
「轍を作っておいた方が、牛がそれに沿って入りやすいんよ」
 こういう細かいノウハウの一つひとつをどのように学んだのか、いちいち感じ入ってしまう。

牛は近づくと、避けるように逆方向に逃げる。
そうやってジリジリと、ゲイトの方へ追いやっていく。
フェンス沿いに小走りで逃げる牛がたまに逸そ れて道路側へ進路を変えると、すかさずブロックして、フェンス側に戻す。

しかし、この時は失敗してしまった。牛が突如横に走り出して、他所の土地へ走り込んで行ってしまった。
人の畑をピックアップトラックで走り回るわけにはいかないから、諦める他なかった。

修理すべきフェンスに着くと、まず朽ちた古い杭を取り去り、新しい杭を打つ。
僕はてっきりスレッジハンマーででも打つのかと思っていたが、ジェイクはトラクターのバケットで打つという。
牧場によっては、ポストパウンダーという杭打ち専用のマシーンがあるらしい。

僕が杭をまっすぐになるよう手で押さえておいて、ジェイクがトラクターを操作して、バケットの底でガン! ガン! と打ち込む。
左右の傾きは運転席から見えるけれど、前後の傾きは見えにくいから指で示してくれと言う。
ガン! と叩き込んだり、バケットを杭の上に押し付けてグリグリと傾きを修正したり、トラクターそのものが生き物であるかのように器用に操作する。

杭を地中に充分深く打ってから、有刺ワイヤーを直す。
これにはワイヤーストレッチャーという器具を使う。
長いコの字型のジャックアップのような工具で、両端にワイヤーを挟む箇所がある。そこに噛ませて、てこハンドルをキコキコと押すと、歯を一つずつ移動して片方がもう片方に寄っていく。
つまり、てこの原理を使って、ワイヤーの端と端をググーっと引き寄せる道具なのだ。こういう専用の工具があるのだ。

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ワイヤー・ストレッチャー

古いワイヤーの切れた部分と、杭に巻き付けた新しいワイヤーの端をそうやってギギギと寄せて、あとは腕力で結んで接続する。
ワイヤーは杭に三本通っていて、各杭にU字ステイプルで固定してある。

ジェイクの流れるような作業の手つきを見ていると簡単そうに見えるが、実際はずっと難しい。
有刺ワイヤーは硬いし、ピンと張らせなくてはいけないし、ワイヤーストレッチャーやプライヤーズ、(ペンチのこと)、ハンマーといった工具を次々手にして使いこなせなくてはいけない。
見習いカウボーイの僕は、あっちを持ったりこっちを支えたりして手伝うだけだ。

ジェイクに一つ忠告を受けた。
「前から気になってたんやけどな、シャツは入れた方がええで」
そうか、うっかり日本でのファッションのまま、僕はシャツをジーンズから出して着ていた。
しかし、言われてみればブランディングで出会った本職のカウボーイたちには、シャツを出している者はいなかった。カウボーイは必ずタックインなのだ。
なぜなら、
「ワイヤーに引っ掛けて破いたり、機械に巻き込まれたりすることもあるからな」
ということだ。

ここでは、着るもの、使うもの、履くもの、全てに意味があるのだ。
カウボーイが着るシャツは夏でも長袖だ。これも、汚れやケガから身を守るためだ。

 

明日から、キング・ランチというギャッヴューのみんなも親しいカナダ人が経営する牧場に移る。
五日間という短い間ではあったが、僕が滞在することを許してくれたジェイクのボスであるステュアート・モリソン氏に挨拶をした。

彼は、リンカやミライには「グランパ(おじいちゃん)」と呼ばれる好々爺だ。
写真を撮らせてほしいと頼むと、彼は「ちょっと待ってね」と、おもむろにカウボーイハットをかぶった。
一九八八年のカルガリーオリンピックの時に奮発して買った高級品だそうだ。今はかなり汚れてヨレているが、大切に使っている。

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牧場主のステュアート・モリソン氏(3年後の2018年に逝去された)

ビジネスマンとしては才覚があり、このサスカチュワン州のギャッヴュー・ランチの他にも、元々経営していたアルバータ州の牧場も全て売却はせずに一部を残し、そこの敷地には豪邸を持っているという。
七二歳になる現在でも、そちらとこちらを行ったり来たりして、また、ビジネストリップにも頻繁に出かけている。

「早く引退することが幸せなことかどうかは分からないよ。引退した知り合いの何人かはもう死んでしまった。わたしはずっと動き回ってる方がマシだな」
 ステュはそう語った。

「ジェイクとは、わたしがアルバータ州エイドリーでロデオマネージャー(ロデオ大会を仕切る責任者)をしている時に出会った。『泊まる所あるのか?』と訊いたら、『ない』って言うから、うちに泊めることにした。
帰る前に飲みに連れていったら、うっかり忘れて置いて帰っちゃってさ、悪いことしたよな、わっはっは!」
おしゃべり好きで陽気な牧場主なのだ。

「ギャッヴューが競売に出た時に、『やるか? 本当にやるか?』『やります!』『オーケー! じゃあ、スーツケース持ってこっちに来い!』って決まったのさ。忘れもしない、二〇〇五年一〇月二一日にここを買った」

「ジェイクはまだ英語もヘタな頃から、私の助手席でよく『カウボーイになりたい』って語っていた。わたしは彼の礼儀正しく誠実な人柄が気に入ったんだ。
最近では、カウボーイもなり手を探すのが大変でな。若い連中はオイルビジネスの方ばかりに行ってしまう。
ジェイクは今では、生まれた頃から馬に乗ってきたようなやつらにも劣らず馬も上手い。だから、わたしもラッキーだったんだよ」

「ジェイクがブルファイターを辞めてよかったよ。あれは危険な仕事だ。死んだやつも何人か知ってる。わたしが死んだあとも、ジェイクがここを守り、リンカがマネージャーにでもなってさ、ははは、ずっと続いてくれればいいよな」

ステュアートも、ジェイクも、望むことは同じだった。

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