月刊ショータ

元電通コピーライター。ずっと自称コラムニスト。著書『広告業界という無法地帯へ ダイジョーブか、みんな?』、『カウボーイ・サマー 8000エイカーの仕事場で』

「カウボーイは、よく眠る」

英語で、テントやタープ(屋根として張る布)を使わずに野宿することを「カウボーイ・キャンピング」という。

十九世紀の後半、アメリカで大陸横断鉄道が東部から西部へと敷設されていくと、肉牛を流通させるために、カウボーイたちは牛の大群を馬で追って、歩かせて歩かせて、鉄道の駅がある町まで運んだ。

何百マイルも移動させるためには、数ヶ月間そうやって荒野の旅を続けなくてはいけない。現在のようにあちこちにモーテルはないし、今でもアメリカには町に行き当たらない広漠とした土地がいくらでもある。

こうした牛追いは「キャトル・ドライブ」と呼ばれ、自由でワイルドで、過酷な生活だった。

寝る時は、ベッドロールという、キャンバス地に毛布の裏地がついた、つまりは寝袋にくるまって地面で横になった。脱いだジーンズをくるくる巻いて枕にし、風が立てる小さな物音と、近くで休む馬の息遣いを聞く。仲間のいびきもあったろう。
満天の星以外はなにも視界になく、夜空に落っこちていくような心許なさを感じたかもしれない。

アウトドアを愛好する人ならわかるだろうが、雨や寒さの問題は当然として、日本でそれをやろうとすると、朝起きた時には朝露でびしょ濡れになってしまうだろう。

テキサスやニューメキシコといった、乾いた土地ならではの方法だと思う。

私も一度だけ、カウボーイ・キャンピングをしたことがある。
拙著『カウボーイ・サマー 8000エイカーの仕事場で』(旅と思索社)の第1章を参照いただきたいが、その日は、ジェイク一家と馬で小一時間も移動して、夜にはウィスキーをしこたま飲んだから、思ったより苦もなく眠りに落ちることができた。

朝、目覚めた時には、周囲には牛の群れがそばの池に水を飲むためにやって来ていて、ビビったものだ。

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私は会社員をしていた頃は、夜なかなか寝付けない体質だったため、さまざまな方法を試した。ベッドタイムにメラトニンというサプリや、睡眠補助薬を服用したし、酒を飲んでみたり、ストレッチをしてみたり……。
眠れなくて、寝返りを繰り返して、うつ伏せになったり、また仰向けに戻ったりして、それでも眠れなくて、時計だけが着実に3時を指し、4時を指す、あの辛さといったらない。疲れていないわけではないのに、なんで眠れないのか、自分を呪う気持ちばかりが募る。

会社を辞めて、40才を目前にして無職になり、カナダの牧場でカウボーイをしていた時は、夜は10時から11時の間にベッドに入り、朝は6時半に起きた。
たっぷり8時間眠ったし、だいたい即座に眠れた。

広告会社での仕事とは、頭の使い方が全然ちがった。
机で唸るような時間や、会議でイライラするようなことや、パソコンを前にため息をつくようなことは、(少なくとも牧場主ではない)カウボーイの仕事ではまったくなかった(ジェイクは昨年に牧場主を亡くしてから、事務仕事もしなくてはならず、ストレスが増えたと吐露する)。
ただ、いかに効率よく、失敗することなく、できれば美しく、その日の仕事をやり終えるかは常に考えていた。知らないことや、できないことばかりで、自分が無能に思える夜が何度もあった。

体については、これまでは「使う」といううちに入らなかったと思えるくらい、よく使った。一日中牧草地でトラクターを運転する日もあったが、それにしたってボコボコの地面でお尻が跳ねるような運転席でバランスをとったり、後部に取り付けたマシーンがちゃんと作動しているか確認するために、首と体をよじって何十回も振り返ったり、結構体力を使うのである。

その他、重たいものをいくつも運んだり、牛糞まみれの場所を歩いたり、小川を飛び越えてまた歩いたり、馬に乗ったり、書くだけなら楽しそうなひとつひとつの行動が、ただのサラリーマン経験しかない都会の軟弱な男にはキツかった。

私が寝泊まりしていた部屋は、牧場主の家屋の地下にある客室で、隣りに洗面所もシャワー室もあった。
一日の仕事を終えて、手を洗いに行って鏡を見ると、日焼けと土埃で赤黒くなった自分の顔がある。夕食後にシャワーを浴びて汚れを落とし、ちょっとだけウィスキーを飲む。そして日記を書く。

牧場主のハーブは、あくびをして閨房に引っ込む。私は地下室に降りて、腕立て伏せをしてから、歯磨きをして、ベッドで少しだけ本を読む。
あとは夢も見ずに深く、深く眠る。

陳腐な表現しか出てこないが、「人間というのは、本来こうして生きてきたのではないか」という感慨があった。

食べて、動いて、眠る。
よく働くために、よく食べて、また働くために、よく眠る。

なお、ハーブは午前の仕事のあと、昼食を食べてから、カウチに寝そべって午睡をとる。

20キロほど南へ行ったところにある牧場で働く、日本人カウボーイのジェイクも、昼食後は同じようにしていた。
お互いは、牧場の中で日々どのように働いているかを知らないから、ジェイクは僕の話を聞いてはじめて「ハーブもそうなんや」と知ったらしい。

 

“Each night, when I go to sleep, I die. And the next morning, when I wake up, I am reborn.”
(毎晩、眠りにつく時、私は死ぬ。そして、翌朝目覚める時、私は生まれ変わる)
こう言ったのはマハトマ・ガンディーだが、毎日懸命に働く者にしか言えない言葉かもしれない。
そして、死を意識しないところに、本当の生はないのだろう。

ところで、いまの私はといえば、毎晩ベッドに入ってすぐに眠れる。
たいして働いているわけではないので、人として恥ずかしいくらいに……。

 

(了)

このコラムは、ジェイク糸川監修、前田将多著でnote.muに載せている『カウボーイの独り言』という有料連載コラムの第5回を転載したものです。
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