月刊ショータ

元電通コピーライター。ずっと自称コラムニスト。著書『広告業界という無法地帯へ ダイジョーブか、みんな?』、『カウボーイ・サマー 8000エイカーの仕事場で』

「なかなかしんどいワンダーランドへの旅①」

またしんどい旅をしてきた。
しんどかった旅をもう一度反芻して旅行記コラムを書くのもしんどいのだが、自分と、一緒に行った友人たちがのちに楽しめるように書くことにしよう。

そして、毎度そうなのだが、こんな外国の山奥に行きたくもないし、行く装備も体力もないけど、「読むと旅した気になれる」というお言葉をちょうだいすることもあるので、そういう想像の旅に誘う目的で書きましょう。

 

今回行ったのは、ワシントン州シアトルの郊外にあるマウント・レーニアの麓にあるトレイルである。
マウント・レーニア周辺の自然豊かな地域は、元々は何千年にもわたり先住民族の狩猟生活の場だったのだが、1792年に英国海軍のジョージ・ヴァンクーヴァー大尉が太平洋岸を調査した際にこの山を発見し、友人のピーター・レーニア少将にちなんでマウント・レーニアと名付けたという。……そんな友達を持ちたいものである。

その後、1899年になって、およそ950平方キロメートルに及ぶこの広大な土地が、アメリカで五番目の国立公園(自然保護区域)に指定され、アウトドア体験や自然教育の場として親しまれている。

なお、我々は高さ4392メートルのマウント・レーニアに登ったわけではない。山をぐるっと囲むようにワンダーランド・トレイルという長いコースが整備されていて、その北側の一部を歩き、それから北へ派生して元の場所へ一周できるノーザンループという周回コースを歩いたのである。

二年前にジョン・ミューア・トレイルをセクションハイク(一部を歩くこと)したとき同様、空港でレンタカーを得ると、まず向かうのはシアトル市内に本店を構えるアウトドアストア「REI」だ。お湯をわかすコンロのガスを飛行機に持ち込めないため、現地で入手するほかないのである。
その他、フリーズドライの食糧や装備の一部の補充もした。
メンバーもJMTと同じく、大谷さん、滝下くん、岳ちゃん(すべて仮名)と僕(前田将多)の男四人。
クルマすらも前回と同じ、トヨタシエナ。レンタカー会社の案内係が「どっちでも好きな方でいいよ」とクライスラートヨタを指さすので、ゲン担ぎみたいな気持ちで後者を選んだ。「ミニヴァン」のカテゴリーだったがぜんぜんミニではなくて、排気量3500ccとたっぷりである。

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初日は、シアトルから40マイル(65キロ)ほど南東に走り、MT. レーニア国立公園の手前にある小さな町、イーナムクロウにモーテルを探して泊まる。
金曜の晩だったのだが、高層ビルなんかひとつもないかわいらしい町であるにもかかわらず、レストランはどこも賑わっていて、僕たちは入ったメキシカンレストランでしばらく待たされた。
日本でいうなら、仙台市から車で小一時間の柴田郡川崎町で、金曜の晩にこんな盛り上がりが見られるとはどうも思えないので、アメリカの豊かさに少々面食らった。
スーパーで行動食と水(とビール)を買って、明日に備える。この時、品揃えがたいしたことなかったのでウィスキーを買わなかったことをあとで後悔することになる……。

 

翌朝、ホワイトリバー・エントランスより国立公園に入り、ゲイトで車一台分の入園料30ドルを払い、レンジャーステイションで女性レンジャーから許可証を受け取り、注意事項の説明を受ける。ゲイトの係も若い女性で、しかもものすごい美人。レンジャーもアマンダというかわいらしい女性。

「日本だったら(こういう係は)絶対田舎のおっちゃんかおばあちゃんだよなー」と、超高齢化の我が国を振り返り、ここでもアメリカの元気を見せつけられた思いだ。

予報でわかっていたことだが、天気が心配だ。
サンライズ・ビジターセンターまで車を走らせると、標高1800メートルを越えていて、山の天気は変わりやすいものの、予報はヘヴィーレイン。

本来の計画では、この日から歩き出して、まずはすぐ近くのサンライズ・キャンプにてゆっくりテント泊のつもりだった。しかし、小雨が降り、霧が出ているようなうすら寒い状況なので、まったく気が進まない。

とりあえず荷物は自動車に置いたまま、キャンプ地だけ見に行くことにした。

身軽なので四人でスタスタ30分ほど歩いて、キャンプ地を確認すると、丘に囲まれた広い場所のそこここに、テント場を表す番号をふったサインがあり、それぞれに適度なプライバシーを確保できる程度の間隔があって快適そうだった。……ただし、天気さえよければ、だ。

僕たちはビジターセンターに停めた車に戻り、今晩は車中泊を決め込むことにした。
これはこれで寝やすいわけではなかった。夜になると気温は一桁台まで下がり、寝袋を使っても寒いし、倒した座席も「寝る」というポジションには程遠いし、屋根を打つ雨音を聞いて明日が思いやられるし、明け方に少しだけ、細切れの眠りをつかんだりつかみ損ねたりしたくらいだった。

 

【ハイク1日目】サンライズ → ミスティック・キャンプ

朝6時半の日の出とともに動き出し(といっても霧と雨で陽はない)、寝不足でややテンション高いまま朝食を摂り、それぞれレインウェアに身を包み、重たい荷物を背負って、8時に出発した。

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正直言って、この日の記憶はあまりない。

よく整備されたトレイルを歩いたのだが、とにかく一日雨で、霧で見晴らすことは叶わず、白い靄に包まれたまま、道を下ったり登ったりすることおよそ18キロ。

距離が遠くないガレ山や氷河や、眼下にのたうつ河は見えたが、とにかく白くモヤっているばかりの景色だった。幻想的ではあっても、ワンダーランド・トレイルに期待していた「ワンダーランド」感はなく、僕たちはただ雨に濡れて一歩ずつ進んでいった。

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滝下は体は小さいが、アートディレクターとしての仕事のあと、深夜に10キロ走るような体力バカだし、細身の岳ちゃんも僕より10才若く、文句も言わず黙々と歩く。同い年の大谷さんは、今回の旅に備えて、体重を10キロ弱落とし、荷物の軽量化に努めてきた。

僕はといえば、夜は酒を飲んでしまうからトレーニングは結局ほとんどしないままこの日を迎えてしまった上、装備は10年前に買った重いもののままだった。新調したのはKEENの軽いブーツくらいだ。

山歩きには近年「ウルトラライト」という概念が台頭していて、荷物をとにかく軽く、少しでも軽くして、身軽に、遠くへ、速く行こうというものだ。究極的には食器もシリコン製やプラスティック製にして、シャツはラベルまで切り落とし、テントではなく緊急用みたいなビヴィーという寝袋に毛が生えたようなアイテムで寝たりするそうだ。
問題は、軽量化するにはカネがかかるのだ。大谷さんがそうしてきたように、自作で工夫して費用を抑えることはもちろん可能だが、それにしても、一度持った装備をあれこれ買い換える必要があり、僕がケチであることは措いても、まだ使えるものを使わないことに抵抗があり、買い換えるのは億劫だったのだ。

前回のJMTのハイキングで、僕は荷物軽量化のために行動食を少なくしてしまい失敗した。カロリーが足りていないとみるみる体力が落ちて、回復も充分にできず、3日目でギブアップして山を降りたのであった。
その教訓をいかして、今回は行動食をグラノラ・バー、ビスケット、スニッカーズビーフジャーキー、ナッツなど、充分に持った。その代わりに70リットルの大型バックパックは重たくて、43才の自分の体力を信じて歩くしかなかった。
初日にして後半はキツかった。もうじきキャンプ場かも、というあたりで限界を迎えそうだった。

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休憩も立ったまま…

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川を渡る機会が三度ほどあって、丸太の橋が渡してある。最後の橋は、ちょっと長めで、手すりがなくて、やや斜めに傾いでいて、そして雨に濡れていた。
僕は疲労のためガクガク震えそうな脚で、川に落ちることなくこれを渡れる自信がなく、何度も躊躇して「岳ちゃん、先に行って」と譲った。

歩いてしまえばなんてことなかったのだが、一度「落ちるかも」とイメージしてしまうと、恐怖が拭い去れないのである。

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ビビる私…

一日中雨に打たれて、夕方5時にミスティック・キャンプに着いた。
キャンプ場といっても、濡れた森の中をわずかに切り拓いただけの、薄暗い場所だ。

なんとなく松の木の下の、気休め程度に雨を避けられそうな場所にテントを張った。僕の隣には岳ちゃんのテント、その向こうに滝下。大谷さんは一段下がった、次のテント場を選んだ。

夕食はフリーズドライ。お湯を入れて待つだけ。
アメリカで買ったフリーズドライ食品は、日本のものとちがい肉ががっつり入っていて食べごたえがある。日本のはどうしても米ばかりで、食事のメインとしては物足りないものになりがちだ。

それにしても、雨のため、メシも立ったままである。ツライなぁ……。男たちは言葉も少なく、それぞれ今後の不安を胸に秘めていたと思う。

日没の7時半までに食事を終えて、食品はベア・キャニスターという熊から守る強化プラスティックの樽に入れて、離れた場所に置く。

もう体力も気力もメゲて、すぐに寝袋に潜りこんだ。

 

朝、惨事が待っていた。

(つづく)