私は行きの電車では新聞を読み、帰りの電車では本を読むという昭和のような通勤スタイルをして十数年になる。
読みたいものの中ならテキトーに選んだのに、3冊がなぜかリンクするようでおもしろかった本を紹介させてもらいます。
林智裕著『「正しさ」の商人 情報災害を広める風評加害者は誰か』(徳間書店)
著者の林智裕さんは福島県在住のジャーナリスト。
ツイッターで存じ上げて、もっと年齢のいった学者肌のおじさんかと思っていたら、本を買ってはじめて1979年生まれと知ってびっくり。私より年下でしたか……。
地震のような自然災害、今般のようなウィルス禍において、必ず起きる「情報災害」に焦点を当てた本書は、もはや現代の宿痾とも呼べる、風評被害、偏向メディア、過剰な安心安全追求、自分は正義ヅラして弱者を顧みない人たちについて、実例を挙げながら、抑えた筆致で論じている。
はい、林さん、だいぶ抑えています。真面目な人物なのだと拝察する。
ツイッターでは朝日新聞の記者とかに果敢に、敢然と、毅然と噛みついていて、私などは陰ながら応援するしかできなかったのだが、ようやくこうしてご著書を手にできてうれしい限りである。
いま(2022年9月末)ちょうど「日本ファクトチェックセンター」が設立されて、「チェックする側に元朝日新聞の人間が多すぎる」などとからかわれながら話題になっているが、私個人としては、公正な審査の蓄積によってある程度の権威をもてるよう、ちゃんと機能してもらいたいと願っている。どうでもいいB級ネタみたいなのばかりでなく、メディア報道も扱わないと意味がないよ、とも思う。
本書の第3章はまさにファクトチェックの章になっていて、一部を紹介するとこのようなものがある(私が掻い摘んでいますので詳しくは本書をどうぞ)。
- 2011年11月の「全国学校給食フォーラムin札幌」において、現衆議院議員の山本太郎先生が「大阪の友達がレスキューで東北へ派遣されたが、腎不全で亡くなった」旨発言
→大阪市より「レスキュー隊員が腎不全で亡くなった事実はない」と回答。 - 2017年4月4日号の光文社『女性自身』が「福島第一原発1号機 建屋カバー撤去で65倍の放射能が降っている!」と題した記事を掲載。
→健康に影響を与えるような量ではない。 - 2018年6月、共同通信、沖縄タイムス、西日本新聞など複数のメディアが「福島36%『子孫に被ばく影響』 県民健康調査」というタイトルで報道。
→「親の被ばくが子供に影響する証拠はない」旨断りながら、36%がそういう不安を持っているという調査結果を、あたかも「36%に影響が及んだ」かのようなミスリーディングな見出しをわざわざ選んでいる。 - 2018年1月、土浦市・土浦市教育委員会、つくば市・つくば市教育委員会の後援による講演会で、作家の広瀬隆が…。
私などは、「広瀬隆」と聞いた時点で「あ、やばいな」と気づくので以下略とさせてもらう。
※紙幅の関係で私自身、要約して書かざるを得なかったが、これも所謂「切り取り」になってしまうことは認める。
現在進行形の話としては、いまでも日本共産党が「汚染水」と呼んで憚らない、政府が海洋放出処理を決定した福島第一原発のALPS処理水である。
これは
- トリチウム以外の放射性物質を基準値未満まで除去したのがALPS処理水。
- トリチウムの被爆影響は非常に小さい。
- 世界中の原発が海洋・気中放出している。
- 国際原子力機関(IAEA)、国連科学委員会が検証の結論として認めている。
これで「ピリオド」で、結論はすでに出ているはずの問題なのに一部メディアにより事実が無視され、地元漁業者は「風評や活動家から護ってもらえるとは思えない」(P92)と怯える。
そこに林氏は、〈被害拡大への不安を悲痛に訴えていながら、肝心の被害解消に対しては不自然なほどに冷淡な人々〉(P97)を見る。
500の論文を査読するアタマも時間もない我々のために国連科学委員会がやってくれて「健康被害は認められない」と言っている。一次資料のメモに「森友への値引きは安倍氏の指示ではない」旨が書いてある。それでも被災地にも死者にも敬意が払えないのは、アタマが悪いんじゃなくて、ココロが病んでるよ pic.twitter.com/zQH6VoCZUF
— 前田将多 (@monthly_shota) 2022年7月23日
本書は情報災害の加害者たちの「正義」について鋭く問い質し、科学に基づかない誤報やデマの記事やツイートを削除するだけで訂正も謝罪もしてこなかった加害者たちの無責任を冷たく論難する。
そういう連中にこの十年以上も蹂躙されてきた福島で育ち、生きてきた林氏の怒りばかりでなく、第4章、5章に垣間見える、あたたかな郷土愛にも胸を打たれる。
危険危険と騒ぐだけでなく、科学的に問題なしとされるなら、積極的に福島および東北のものを食べて支援するのが、本来ひとの痛みをわかろうとする者のすべきことではないのか。それで旨いんだから一石二鳥だろう。
悲しいが、これからも我々が難局に直面するたびに「情報災害」は繰り返されるだろう。
〈結局、外野が騒ぐだけ騒いで拡大した「情報災害」の後には、当事者に一方的に押し付けられたデマとその代償ばかりが残された〉(P268)
終章において林氏は「教訓は生かされるのか」と問う。
私個人の見解としては、情報災害は人間の脳に組み込まれた「バグ」のような仕組みや弱さに起因しているので、悲観的である。せめて自分が加害者にならないよう、正義というものを謙虚に取り扱いたい。
あ、でも政府や自治体はこれまで通り、謙虚に「正しい情報を発信」するのみでなく、情報災害の加害者に対しては徹底的に戦ってほしい。
田中孝幸著『13歳からの地政学 カイゾクとの地球儀航海』(東洋経済新報社)
高一の大樹と、中一の杏という兄妹が、アンティークショップの店主である年齢不詳、出自不明の大男、カイゾクから講義を受けて、地球儀を眺めながら世界の見方や仕組みについて理解を深めていくという構成。
長年、国際政治記者として活動されてきた田中氏ならではの視点で、「13歳からの」と題されながら、大人にとっても、この混沌とした世界、暗澹たる未来に見える地球がよりクリアになるような気にさせられる。
もちろんクリアになったところで、世界の問題は根深く、相変わらずムツカシイのだけど……。
「物も情報も海を通る」、「日本のそばに潜む海底核ミサイル」、「大きな国の苦しい事情」、「国はどう生き延び、消えていくのか」、「絶対に豊かにならない国々」、「地形で決まる運不運」、「宇宙から見た地球儀」と、目次にある章ごとのタイトルを見るだけで興味をそそられる。優秀な編集者がいたのだろうと想像する。
彼を知る私の友人たちから「声はシブくて、顔は怖い」と評判の田中氏とは、近い将来にお目にかかれるかと期待していたが、10月より特派員としてオーストリアのウィーンに行ってしまわれるとのこと。
そんな田中氏の本作について、「ん?」と思った点について、すこしだけ物も申しておこうと思う。
〈「これから日本に、そういった移民が増えてゆくことになるのでしょうか?」
「うむ、東南アジアからの外国人はたくさん来ることになるだろう。東南アジアの優秀な若者たちは、自分の国で能力を活かす機会が十分でないことが多いから」〉(P49)
移民を論じる際に、テレビも本書も、白人とか東南アジア人とか、我々とは肌の色のちがう外国人を連想させるように仕向ける。
しかし、いま爆増していて、安全保障上の脅威となりつつあるのは当然チャイナ人である。
アメリカでは、溢れかえる中南米からの不法移民に業を煮やしたテキサス州知事とフロリダ州知事が連携して、民主党が地盤とする北東部のあちこちや、ハリス副大統領の公邸付近に、バスや飛行機で送り込むという問題が発生している。
「移民に寛容なお前ら、国境に接しているこちらの苦悩を知れ!」というわけだ。
日本が移民を受け入れるのは仕方ないとしても、いまのような留学ビザと就労ビザがぐだぐだに曖昧で、取り締まろうとすると人種差別を盾にされるようなゆるゆるの状況では、上記のような「優秀な若者が……」という楽観的なことにはならない。相当厳しく、巧く進めないと、ほかの多くの先進国のように解決困難な問題をひとつ増やすだけになるだろう。まず岸田首相には不可能。
……などと思いつつ読んでいたら、
〈「それにしても、世界を見ているとどうしても中国の話に戻ってきちゃうね」〉(P219)
と、ちゃんと世界の大問題の多くには背後にチャイナがあることを明確に指摘していた。
チャイナ全国民がスパイになり得る可能性(国防動員法)にまで言及していて、ちゃんとヤバい現実を指摘している。
スパイと言えば……
坂東忠信著『スパイ スパイ活動によって日本は中国に完全支配されている!』(青林堂)
まぁ、副題はよくある羊頭狗肉だとしても、警視庁本部で北京語通訳捜査官として日々ヤバい現実に接していた坂東氏の説得力は半端ではない。たしかに、(情報戦という)戦争はすでにはじまっていると言えるだろう。
中華衛星および中華端末による情報窃取、LINEの危険性、スパイ防止法の必要性、SNS上で世論を操作する五毛党の暗躍、軍事技術研究を全否定しておきながら、中国科学技術協会とは協力覚書を交わしちゃう日本学術学会の無防備、海外にいるチャイナ人全員がスパイになり得る根拠としての、前述の国防動員法などなど、「いやぁ、おもしろいなぁw」で済ませそうになるんだけどそれでは済まなそうな諜報の現実がこれでもかと書いてある。
〈しかし日本にはなぜか「スパイ防止法」の語句を見聞きすると「軍靴(本文では「軍歌」になっているが筆者訂正)の足音が聞こえる!」と言い出す幻聴患者さんや…(中略)防犯カメラを見ると「国家による監視だ!」と騒ぎ出し、「犯罪捜査のための通信傍受に関する法律」では「盗聴されるー!」と絶叫、「共謀罪」では「飲み会で上司の愚痴を言うと逮捕される」とか飲む前から酩酊状態、「特定秘密保護法」では「知る権利が奪われる!」と騒ぎながら法の内容を知ろうとしない〉(P178)
このあたりは、前掲の『「正しさ」の商人』に描かれる風評加害者とほぼおんなじ人たちですな。
害悪でしかない。
(了)
オレには一銭も入らんけど、是非ともご一読を!