月刊ショータ

元電通コピーライター。ずっと自称コラムニスト。著書『広告業界という無法地帯へ ダイジョーブか、みんな?』、『カウボーイ・サマー 8000エイカーの仕事場で』

「僕も通って来た道だから」

ここ何年か分の写真を整理していたら、そのほとんどが誰かの結婚式とか披露宴とかの写真ばっかりだった。僕はその度にネクタイして出かけていっては、祝儀払って、スピーチぶちかましたり、パンツ一丁で踊ったり、ピッチリ七三分けで歌唄ったり、二十八才にもなってろくな写真が出てこない。
大体同年代の人たちが次々に結婚していって家庭を持っているのを見ると、羨ましいやら「あー怖い怖い」やら。
なにが一体怖いのか漠然としているのだが、とにかく背筋を冷たいものが駆け抜けるのだ。
「責任」だろうか? しかし、ちょっと考えてみれば、もはや旦那が一家の大黒柱として家族を「食わせてやる」なんて時代は終わっていて、食っていくのはもはや僕だけの責任ではない。奥さんがいっぱい稼いでくれるのなら、僕は喜んで家で掃除洗濯したり、ジムに行ったり、ネコと遊んだりして家にいようと思う。別に責任なんてものは男が一人で背負うわけじゃないから怖れるに足りぬ。
「自由がなくなる」ことだろうか? 自由とは具体的になんだろう?
飲み歩く自由だろうか。そういう習慣は僕には元々ないのだ。大体真っ直ぐ家に帰って本読んだり、音楽聴いたりしている方だから、家に帰ることが苦痛になるとは思えない。
実家に住んでいる頃は、パンツ一丁でよく家にいたから、僕が服を身に付けているだけでおかんが「あら、どっか行くの? 今からごはんよ」と訊いてくるのが常だった。
自由とは金銭的な自由かもしれない。確かに小遣い制とかで生活しているいい年コイた大人を見ていると哀しくなってくる。これが女房に権力を持たせて惨めな結婚生活に陥る原因だと思う。ホントに金ってものは「力」そのものだから、夫婦の力関係を平等に保つ意味においても、ここはひとつ、僕の奥さんには「いや〜、うちの会社ってボーナスとかないんだよね。なんかよくわからんけど、昔からそういう制度なんだな」ということにしてどうにか切り抜けようと思う。汗ひとつかかずにそれを言い切る練習は、若いうちから始めておいて損はない。
万が一疑われた時は、ここは一番逆ギレして「そんなに金がほしいかー! 世の中金かー!」と一喝して、あとは阪神戦の中継に見入ろうと、ここまで計画している。
……我ながら、涙も出ないほどサイテーな旦那だ。絶対、奥さんと娘には虐げられる自信があるから、その時が来たら、がんばって息子を作ろうと思う。陰でこっそりマーブルチョコとか買ってやって味方につけておこう。
いや、本当は分かっているのだ。「怖さ」は、「いつかキム・ベイシンガーと結婚できるかもしれない」という希望がなくなる怖さだ。
考えてみたら、ハナからないも同然だったので、ちっとも怖くなくなった。
実は僕には、息子を育てるに当たってはビジョンがある。
一言で言えば、なににつけても「これができれば女の子にモテるぜ」を指針にして育てるのだ。勉強もスポーツも仕事も「できれば女の子にモテるぜ」。
僕は保守的な家庭で、しかも男ばかり三兄弟の真ん中という立場で育ったから、女の子と遊ぶことがあたかも悪いことであるかのごとく育てられてしまった。だから、女の子についてほとんど何も学ぶことがないまま、暗黒の青春時代を過ごした。女の人もう○こするという事実に気付いたのはごく最近のことだ。「コーラック」のCMを見て知った。
僕はあんまりなんのためにするのかわからなかったので勉強もスポーツも中途半端で、当然モテることもなく、男の連中とバカなことばっかりして、女の子とまともに話せず、「楽屋芸人」のように無駄な時間を費やしてきた。
だから、そこに正当な動機付けをしてやれば、人間(男)は何が何でもがんばれるはずなのだ。それを邪であるとか、ヤラシイとか、罪悪感を持たせてはいけない。
僕も通って来た道だから、どういう男がモテるかは見てきているのだ。小中学校の間は、スポーツに尽きる。
百メートル走の記録×〇.八三四=バレンタインデイに下駄箱に入っているチョコの数(誤差+−二.二)、というのが一九八一年にウィリアム・G・ホワイト博士が編み出した公式と言われている。
ここで勉強をがんばり過ぎると逆効果で、周りでは勉強なんかできないヤンキーみたいなのがモテているはずだ。しかし、ボキャブラリーを豊かにし、ちょっとイカした会話をするためにも、最低限国語はやっておいた方が身のためだ。キム・ベイシンガーと結婚するにはTOEICで六〇〇点はほしいところなので、英語もやっておいて損はない。
しかし、「将来は、ゲノムの塩基配列について『サイエンス誌』に寄稿するのがボクの夢さ」などと言い出したら、「そんなんモテへんで」と若い芽を摘んでおく。
高校に上がってからは、清潔で朗らかであればよい。特におもしろい必要はない。おもしろ過ぎると変人扱いされて終わるから、そういう人を爽やかに笑える明るさのみ持っておけばよい。
息子よ、パパはこのあたりで躓いたような記憶がぼんやりとあるぞ……。
大学に行くなら、そこではバランス感覚を身に付ければよい。落第もせず、スポーツもして、話術を学び、男性のアホさを知り、女性のズルさを見て、世間ってものがどうやって動いているのか垣間見ればいい。
金なんかは後でいいのだ。ちょっと貧乏くらいの方が母性本能をくすぐるってもんだ。
働くようになったら、現実は突如厳しさをもってお前に襲いかかるだろう。
知識は継続的に増やさなくてはいけない。それを活かしつつ、今まで培ってきた経験をおもしろおかしく語れなくてはいけない。中年太りしてはいけない。育毛も怠るな。そしてなにより、ちゃんと稼がなくてはいけない。
「男の人の体臭が好き」とかいう女がいても、きっと「金の匂い」はもっと好きだ。
ママを見ろ、ママを。小遣いをちっとも上げてくれやしないじゃないか。自分は先週バッグ買ってたくせに。
まぁとにかく、全てがんばってモテちゃってくれ。できれば四割打て! 魔球を投げろ! 海外に移籍しろ! カッコイイ髭を生やせ! 複数年契約しろ!
頼むから、頼むから、……パパみたいになるなー!!
わかったか、このやろー!!
(了)

P.S. 最後は涙ぐんでしまったよ。