読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

月刊ショータ

元電通コピーライター。ずっと自称コラムニスト。2003年より書いていた月イチコラム「月刊ショータ http://monthly-shota.jp 」をhatenaに転載しました。そのため、一部お見苦しい点があることをご容赦ください。

「どうせオレは忘れちまうんだ(アスホール篇)」

column

朝九時四十二分バンクーバー着予定だった列車は、八時五〇分頃に駅に入った。こんなにアバウトなら「四十二分」とか予告しなければいいのに。

午後に小型飛行機でバンクーバー島のビクトリアという街へ向かうが、それまでの時間潰しにダウンタウンまで重い荷物を背負ったまま三、四〇分ほど歩いてみる。バンクーバーは大都市だから、そのダウンタウンともなればデパートやブランドショップが立ち並んでいる。そんな平日の朝の忙しさの中を、トレイル用のフル装備で歩いていると場違いも甚だしい。 警官隊に取っ捕まえられて、裸にひん剥かれて消防用ホースで水を噴射されるのではないか。そんなスタローン的妄想に駆られる……。

カナダといえど、さすがに都会にはアスホール(ケツの穴野郎=イヤなやつ)が多い。朝食を食べようとベーグルサンドのファストフード店に入った。僕が三つのアイテムを注文すると、トレイも置かずにボン! と出してくる。こちらは明らかに大きなバックパックを背負って、片手にはトートバッグを持っているのだ。どうやってそれらを運べというのだ。

「トレイをくれないか」

と言うと、女性店員は舌打ちもせんばかりの目つきでトレイを下から用意する。

で、僕が自分でアイテムをその上に移すのだ。挙げ句の果てに、僕がまだその作業中だというのに、 「ネクスト・ゲスト! (次!)」 などと進めやがる。いちいち怒っても仕方ないのはわかっているが、そういうちょっとの気遣いがサービス業の極意ちゃうんか。お前は一生学ぶことはないのだろうな、アスホール!

バンクーバー空港では、敷地からかなり離れた南ゲートまで、シャトルバスに揺られていった。チェックイン時に、行きしなに街で買った料理用の燃料を手放す。パシフィック・コースタル・エアライン機は離陸してものの十五分でビクトリア空港に着陸した。寝るヒマもなかった。

ビクトリアは英国の女王の名前が付けられていることからもわかる通り、英国の影響を強く受けた街(かつての植民地)らしい。レンガ造りの時計台とか、そこここにあるパブだとかがそれらしい雰囲気を醸しているのだろうが、僕は英国に行ったことはないので想像するしかない。

ビクトリアで、休息も兼ねて二泊する。実は、トレッキングのあと、お腹をこわしたり、風邪を引きかけていた。寒い思いをしたからというのもあるだろうが、それ以上に身体の疲労が激しくて、ウイルスとたたかう免疫力にまでエネルギーが回らなかったのではないか、というのが僕の理解だ。まだ半分残っている旅を風邪を引きながら続けるのはあまりにもツライので、慌ててサプリを摂って、あとは精神力で治そうとしていた。

ビクトリアへ来た理由は、バイバーグブーツという三代に渡り、頑強で履きやすいブーツを手作りで製造しているメイカーの本店を訪ねるためだ。 http://www.workboot.com/

着いた翌日に行ってみた。チャイナタウンに近い街の北はずれ。知らなければ見落としそうな小さな店舗だった。でも、中は奥の方がファクトリーになっていて、男たちが作業している。 僕は、今回の旅の格好にピッタリの「ハイカー」という名称のブーツを探していた。サイズを出してくれるよう店番のおばちゃんに頼むと僕のサイズがないという。それより半サイズ小さいのも大きいのすらも切らせているという。

「おいおい、本店だろー。オレはわざわざ日本から来たんだぜ」 と思いつつも、無いものは仕方ないので諦めかけた。でも、僕は粘ってみた。 「本当に本当に、一〇〇パーセント確かに、無いですか?」

結果的に、粘ってよかった。 おばちゃんはもう一度奥に引っ込み。サイズは合うが幅が細い新品と、サイズピッタリの中古品を探し出してきてくれた。 僕は入念に吟味した末に中古の方を選んだ。おばちゃんは、色の違う靴ひもを二種付けた上に、こちらから頼みもしないのに、二〇ドル値引いて三五〇カナダドルにしてくれた(一カナダドル=約九〇円)。日本で買ったら十万円近くする代物なのに。サンキュー!

ビクトリアの二日目の夜。僕は、明日シアトルへ渡ってイチローが所属するマリナーズの試合観戦をするので、その予習でもしようとひとりでスポーツバーにいた。野球に夢中だったので気にもしていなかったのだが、僕のうしろにあまりガラのよろしくない男たち六人くらいの団体が座った。すでに酔っている様子だ。 多少声が大きかったり、テーブルをドン! と叩いたりしていたので「なんか盛り上がってるのかなー」程度に思っていたところ、突然その内の一人がテーブルを引っくり返しやがった! 当然、液体や氷が飛び散り、グラスが割れて凄まじい音を立てた。店中が何事かと振り返る。なんなんだよ、都会はー。お前らもアスホールかい。

店主が、体の大きなウェイターを引き連れてやってきて、そいつら全員に出て行くように静かに諭した。ウェイトレスのおねえちゃんが「ダメよー、お行儀よくしなきゃ」といった感じで男を宥めながら出口まで送り出す。そのあたりの慣れた手際は見事だった。 しかし、映画では見るけど、普通にあるんだね、こういうことが。

翌朝、シアトルまでビクトリア・クリッパーというフェリーで渡る。僕は甲板で海風に当たったり、近づいてくるシアトルの街並を眺めたりすることを楽しみにしていたのに、知らない人たちと六人掛けのテーブルにビッチリ座らされた上、窓ガラスが曇ってて外が見られないし、苦痛でしかない船内の時間だった。 忘れがちだが、カナダからアメリカへと国を移動することになるので当然それぞれの港で出国手続きと入国審査がある。

ちょっと手間取ったが、なんとか入国審査をパスしたら、僕はすぐさまタクシーを拾った。実は球場へ行く前に、行きたい場所があったのだ。 二年前にも立ち寄ったフィルソンというアウトドアウェアの会社のファクトリーストアだ(〇九年八月号ご参照)。そこにちょっとした用事があった。

僕はフィルソンの大きなダッフルバッグを持っていて、アメリカ横断時もそれを使っていた。分厚いキャンバス地とブライドルレザーを使った丈夫なものだ。しかし、レザーストラップもアメリカンサイズなので長過ぎて、バッグが僕の膝あたりに来てしまう。だから、非常に歩きづらいのだった。ベルトのようにバックルで調整できるのだが、それでも長過ぎたのだ。

これに新しい穴を開けてもらいたくて事前にフィルソンにメールしてみたところ、 「あなたは幸運だ。最近、こんな要望もあろうかと『レザー穴開け器』を導入したところなんだ。いつでもお越し下さい」 と返信をもらっていた。

シアトルには一泊しかしないから、今しかないのだ。 なんともしょーもない理由なのは承知の上で、「ストラップに穴を開けてもらうためだけにわざわざ日本から立ち寄った」というバカバカしさがなんだか楽しくもあり、誇らしくもあり、自分としては重要なことだったのだ。

タクシーの運転手は「フィルソン? なんだそりゃ」みたいな感じで、「しくじったー!」と僕は多少イラついた。「よっしゃ、任せとけぃ!」という反応を期待していたのに。 地図を見せて、道案内をしても、 「球場の向こうはなんにもねえぞ。本当にこっちか?」 となどと信じてくれない。 「大丈夫だ。真っ直ぐでいい」 と説得して進む。

セーフコフィールド(マリナーズの本拠地)の先に、実際にフィルソンがあった時には、 「おぉ、ホントにあったぞ!」 「道合ってたじゃん!」 と運転手と手を取り合わんばかりに喜んだ。

店に入るとすぐに、頬ヒゲを生やしたクリスチャン・ベイルみたいななかなか男前の店員に、「メールした者ですけど、このストラップを……」とお願いした。快くキッチリやってもらえた。 彼としばし会話したところによると、 「フィルソンのサイズはアメリカ人の俺でも大きい。だから、信頼できるリフォーム屋に出したりもするよ」 らしい。そして、 「日本でもフィルソンが認められていてうれしい。日本人は『いい物を見極める目』を持っているからな」 とのこと。だそうですよ。本物を手にしましょうね。

http://www.filson.com/

夜にはセーフコフィールドで野球観戦。チェックインしたホテルから球場まで徒歩十五分くらい。ちょっと降ってきた空を見上げつつ急ぐ。席はホームベイス裏の十八列目といういいポジション。 それなのに、三万人の観客の中で最も行儀の悪い連中の近くに座るハメになってしまった。左後ろの男が終始大声でしつこくヤジを飛ばす。アンパイヤに対して「ちゃんと見てんのか! レーザー手術受けてこい!」だとかそういう類いの、応援ではなく、聞いてて不快なヤジ。 隣りのジジイは、マリナーズの帽子に白髪の長髪とヒゲで酔っぱらい船長みたいな風貌。とにかく「ベイスヒット!」しか叫ばない。つまり「ヒットを打て!」ということらしい。「ベイスヒット!」の「べ」で唾が飛んでくるのでカンベンしてほしい。ここにもアスホールズ。

日本の野球観戦みたいにドンドン! プープー! と鳴りモノがないだけマシと考えなくてはいけないのか。これがアメリカ人の観戦の仕方であって、郷に入れば郷に従わなくてはいけないのか。

挙げ句の果てに、マリナーズイチローも共に絶不調で、レンジャーズにやられっぱなし。 ジジイが隣りに居合わせた僕に文句を垂れてくる。

イチローは全く仕事をしていないじゃないか。今日もなーんにも働いてない。メジャーリーグのレベルにないんじゃねえか。確かに以前はいい選手だったが、もう年なんだよ」

なにを偉そうに。「お前誰のことを話しているんだ。イチローは世界最高の野球選手だぞ」と言い返したかったが、堪える。なぜなら、イチローはきっとこいつらをバットで黙らせてくれると信じていたから。僕はそう祈っていたのだ。

しかし、その祈りは届かず、イチローは三試合連続の無安打。彼のキャリア最悪の不調に陥っていた。こういうイチローを見るのは非常に淋しかった。イチロー選手に失礼な言い方になるが、身勝手なファンとして言うと、イチローに限っては、あってはならないことなのだ。 松井秀喜選手の年齢といい、ひとつの時代に終焉が近づきつつあることを認めざるを得ない。

マリナーズはこの日、二十六イニングス連続の無得点で七連敗目を喫し、このあと僕が旅を終えて帰国してだいぶ経ってからも負け続けた。十七連敗という球団記録を作ってしまうまで止まることはなかった。

負けたのは残念であったが、メジャー観戦をしたという興奮に包まれたまま試合後の道路に出る。ホテルまでの道沿いにはスポーツバーやクラブがいくつもあって、店外まで響くリズムに合わせて踊る人々の振動と熱気が伝わってくる。「カウガールズ・インク」という店ではおねえちゃんたちがバーカウンターの上に立ってセクシーダンスを披露している。カントリー音楽好きの僕としてはカウガールたちの揺れるお尻も捨てがたかったが、さすがに臆してそういった店には入っていく気がしない(ちなみにカントリーではなく、ロックガンガンだ)。アジア人独りで入れるような雰囲気ではないのだ。怖いやんか。

そこで僕は「SAKE NOMI」という日本酒バーを見つけた。なんだかしっとりとしたバーを想像したのだ。騒がしいクラブも無理だけど、日本人の溜まり場だったらそれはそれで面白くないなーと思いつつ覗いてみる。 すると、カウンターにはアメリカ人の中年の男性客が四、五人ほど座り、白人のジョニーさんという方が一人でバーの内側を切り盛りしていた。

僕が座ると流暢な日本語で話しかけてきた。奥さんが日本人なのだそうだ。それから僕はジョニーさんと日本語と英語のミクスチャーで会話を楽しみながら、次々に注いでくれる日本酒をしこたま飲んだ。 まずは「震災に見舞われた東北を応援するために」と福島のお酒から始まり、「これも飲んでみて」「これも」と促されるままに、甘美な透明の液体に唇を浸す。日本の地ビールもフルーティなのどごしが良かった。

僕はそんなに強くはないので、赤くなった顔をジョニーさんに笑われながら(白人に赤くなる人は少ない)、かなりフラフラになって、再訪を約束して店を出た。ホテルに着いたのは深夜一時くらい。 最後の晩に相応しい、気分のよい酩酊だった。 フィルソンに続き、シアトルに来たら必ず寄らなくてはいけない場所が増えた。 http://www.sakenomi.us/

帰国の飛行機はすいていた。後方の中央一列を一人で使いながら、僕は唯一持ってきていた文庫本を読んでいた。コーマック・マッカーシーの『平原の町』という小説。列車の中でも、船の上でもこれを読み耽っていた。 終盤に、主人公であるカウボーイの少年の哀しくも一途な人生、人のために生き、そして死んでいく人間の崇高さに思わず涙してしまった。いや、正直に言うと、涙したなんてもんじゃなくて、ほぼ号泣だった。飛行機のエンジン音に掻き消されて誰にも聞かれなかった(と思う)が、声も上げんばかりに泣いてしまった。

翻って僕は、子も持たないから、誰のために何をするでもない、奥さんを措いて自分のためだけに旅するばかりの無為なアスホールである。 それでも、そうは言っても、世界には見たい場所が多すぎる。行くべき街が多すぎるのだ。モーターサイクルに乗るのも、山に登るのもそこなのだ。国内外や距離にかかわらず、旅をするために生きている、旅している時だけ生きていると言ってもいいような気さえする。

せめて、見てきたことをお伝えしようと、知恵を絞って長々と書かせてもらいました。みなさんの旅する心に火を灯す一助となれば幸いです。

(了)