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月刊ショータ

元電通コピーライター。ずっと自称コラムニスト。2003年より書いていた月イチコラム「月刊ショータ http://monthly-shota.jp 」をhatenaに転載しました。そのため、一部お見苦しい点があることをご容赦ください。

「どうせオレは忘れちまうんだ(準備篇)」

男には冒険が必要である。時折。 見ず知らずの外国を一人で歩いて見たこともないものを見て、何事かを感じて帰ってくる義務がある。僕はそう考えている。

しかし、僕が海外一人旅をしたのはもう七年前のことになる。その時の模様は月刊ショータ〇四年七月号に書いてある通りだ。南欧にて、ビデをウォシュレット代わりに使おうとして失敗したりと、なかなかの文化の香り高き旅をしている。

その後も出張やらハネムーンやら、男二人でのアメリカ横断など(〇九年八月号ご参照)で海外には行っているものの、単独での旅を敢行するには至っていなかった。 やはり相棒がいた方が気が楽だし、不安も軽減される。思い出も共有できて、いつまでも懐かしく話せる。 それでも、たまにする一人旅の価値が揺らぐことはないのである。

僕はなにかに迫られるように、次のような旅を計画した。 行き先はカナダ。春先に「ニュージーランドでのトレッキング」を思い付いたのだが、南半球はこれから冬ではないか、という事実に気付いてカナダに変更。

  • 目的は三つ。
  • ロッキーマウンテンでのテント泊トレッキング。
  • ビクトリアでブーツを買う。
  • シアトルでイチローの所属するマリナーズ再観戦。

ロッキーマウンテンの町であるジャスパー、ビクトリア、シアトルの三拠点、中継地点となるバンクーバーを含めれば四つの町を巡る旅となる。

【参考までにカナダ地図】 http://www.mapsguides.com/m/canada_detailed_map_jp.php

P.T.A.はPlane(飛行機)、Train(鉄道)、Automobile(自動車)の頭文字だけど、僕の旅にはさらに船が加わっていることになる。

これらをひとつひとつネットで予約していくわけだが、実に面倒くさい。バンクーバーからジャスパーに行くための鉄道は、VIA鉄道というカナダの旧国鉄である。それは、西端のバンクーバーから最終的には東端のトロントまでを四日間かけて繋いでいる長い長い鉄道なのだ。そのためか、毎日バンクーバーから出ているわけではない。バンクーバーから東向きへは、火金日しか出ていないのだ。

一泊トレッキングをしてちゃんと帰りの鉄道に乗り、ビクトリアへ飛び、シアトルへ渡り、その日にイチローがホームで試合をしているか、となると組めるスケジュールはほぼ動かしがたいものとなって自ずと決まってくる。七月八日(金)出発だ。

  • 一日目:関西空港からシアトル経由バンクーバーへ。 夜にはバンクーバー鉄道駅からジャスパーへ出発。
  • 二日目:夕方にジャスパー着(十六時間)。
  • 三日目:トレッキング往路。自然公園内でテント泊。
  • 四日目:トレッキング復路。
  • 五日目:ジャスパーの鉄道駅からバンクーバーへ。
  • 六日目:朝にバンクーバー着(二十時間)。午後に小型機でビクトリアへ。
  • 七日目:休息を兼ね、ビクトリア滞在。
  • 八日目:フェリーでシアトルへ。マリナーズ観戦。
  • 九日目:シアトルを関空に向けて出発。
  • 十日目:帰国。

これしかない。 冒険というと、カバン一つで現地へ飛びあとは行き当たりばったりでどうにかするという旅を想像するかもしれないが、僕はそういう冒険は好まない。良く言えば慎重、早く言えば気が小さいのだ。 それに、目的がなければそれでもいいが、明確な目的がいくつもある中で、そんないい加減な旅ではとても完遂できない。 僕としては性格的に、上記のような想像を基に組まれた計画を、その通りにこなせるかどうか自分で確かめながら動くことに冒険を感じるのだ。

ちなみにレンタカーは、二年前のアメリカ横断の際にも利用した、トラベルジグソウで予約。 http://www.traveljigsaw.co.jp/ 当時は日本語の表示はなかったように思うが、今ではご覧の通り、日本語でのサービスが格段に充実している。

僕はここ何年も、海外航空券の購入はとある滋賀県の小さな旅行代理店にお願いしている。TNS関西という。 http://www.biwa.ne.jp/~tnsquare/

おじさんと事務の女性しかいないような小さな会社なの(だと思うの)だが、僕が組む複雑な旅程や変更にも柔軟に対応してくれて、時間的にもっといい代案や、値段的にもっと安い別案を提案してくれたりして、いつも助けていただいている。 何年もお付き合いしながら、電話とメールでしかやり取りしたことがなく、お会いしたことはないのだが、僕の旅の強い味方なのだ。

今回は、デルタ航空で飛ぶ。 バンクーバーに着いたその日にVIA鉄道に乗ることを考慮すると、時間的に一番都合が良かったのだ。 燃料サーチャージとかなんとかで合計十六万円は安くはなかったが、言うてもカナダとアメリカの二ヶ国を廻っているので仕方ないだろう。

その他、バンクーバー→ビクトリアの、小さな航空会社。 http://www.pacificcoastal.com/ ビクトリア→シアトルのフェリー会社。 http://www.clippervacations.com/

トレッキングのキャンプ地も予約が要る。 http://www.env.gov.bc.ca/bcparks/explore/parkpgs/mt_robson/ マウントロブソン州立公園は自然保護地域だから、いつ、どこのキャンプ地で、何人と、何泊するのか申請して、入園料を支払わなくてはいけないのだ。 正直、富士山を始めとする日本の有名な山もそうすればいいのだ。集めたお金は自然保護やトレイルの管理費用として活用するのだ。 ちょっと待った。天下り団体はナシな。 そこまで細かく申請を求められると、向こうの自然保護への本気度が伝わってきて、こちらも半端な気持ちでは受けて立つことができないことを悟る。

おっと、忘れてはいけない、マリナーズの試合もチケットの予約をしなくてはいけない。二年前は人気の高いヤンキース戦で、取れた席は最上段だった。それでも充分楽しかったけど、今回はもう少し前の方の席を確保。 http://seattle.mariners.mlb.com/index.jsp?c_id=sea

さて、ホテルの予約を完了させて、トレッキングの装備を充実させれば、あとは出発するのみである。

事前に、家で全ての装備を大型バックパックに詰めて背負ってみる。体重計で量ってみると、荷はおよそ十五キロ。本番では、余計な着替えなどはレンタカーに置いていくが、三リットルの水と食糧が加わることになる。 まぁ、な、なんとか大丈夫そうだ。よし。

それではお付き合いください。いざ出発。

関西空港発シアトル行きのデルタ一八二便の機内では、修学旅行の高校生らと隣り合わせた。本当は僕が窓側の席だったんだけど、すでに高校生が座っている。どっちでもいいので黙っておいた。 ただ「そっちでいいか? 友達と話したければ替わるよ」と伝えたところ、このままでいいと言うので、僕が通路側に座ることに。 テンション上がって喧しい級友たちと少し距離を置きたいのかもしれないしね。

隣席の彼は日影くん(仮名)という。十七才で、テニス部の小柄な少年だ。日に焼けた肌をして、とても素直な、でもちょっとクールな男の子であった。 修学旅行の行き先はカナダ。シアトルからはバスで移動するという。

  • 「修学旅行がカナダかよ!」
  • と、僕が驚いていると、
  • 「私立ですから」
  • とあっさりしている。いやいや、君にはまだわからんだろうが、経済的にも親御さんは大変だぞ。
  • 「でも、テニスの練習ができなくなるから、参加するかどうか迷ってたんですよね」
  • と言う。そりゃあ参加するべきだよ。一生の思い出になるはずなんだから。彼は四才からテニスをやっていて、プロを目指している。

その後も、進路のこと、海外留学のこと、テニスのこと、一人旅のことなど、あれこれ話してしまった。いろんな選択肢が君の目の前に広がっている。後悔しないように自分で選べばいいんだぜ。

十七才の日影くんからすれば、三十五才の僕はどう見えたのだろう、とふと思う。なんと年齢が倍ではないか。僕もついこの間高校二年生だったはずなのに、なにも成していないまま、あれから倍の時間をまた生きてしまった。 僕の倍が七十才。僕の家系の男は短命な傾向があるから、僕は七十まで生きられたら充分長寿だ。つまり、もう人生の折り返し地点にあるのだ。

こりゃ、迷わず旅でもせんとあかんよな。人生はもう半分済んでいるのだ。僕だって後悔しないための人生の途上なんだ。

ひとまず寝ておこうと、用意していた睡眠薬の錠剤をポケットから出す。会社の保健室で処方してもらったものだ。 ここのところしんどい仕事が続いて、そのせいかどうかはわからないが僕は不眠の兆候を示すようになっていた。元々寝付きのいい方ではないのだけど、ベッドに入ってから眠れずに、寝返りを二百回くらい繰り返して、そのうち朝刊を配るバイクの音がして、陽が昇ってきて、一睡もしないまま翌日を迎えてしまうということが、週に何回か起きてしまったのだ。 毎晩、ベッドに入るのが怖かった。

  • 「今日は眠れるのかな……」と考えてしまうから。

だから、ここらで休暇を取って好きなように時間を過ごすというのは、本当に精神衛生上好都合だった。

錠剤を嚥下してから、スッと五時間ほど一気に眠ることができた。 経由地のシアトルまで、もうすぐだ。

(つづく)