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月刊ショータ

元電通コピーライター。ずっと自称コラムニスト。2003年より書いていた月イチコラム「月刊ショータ http://monthly-shota.jp 」をhatenaに転載しました。そのため、一部お見苦しい点があることをご容赦ください。

「デブの日本人のおっさん」

もういい加減にしたらどうかと思うのだけど、英語とダイエット。一体、この二つの目的のためにどれだけのお金が使われ、そして、消えていったことだろうか。これを思うと、僕は、今までワタシの体を通り過ぎていった男たちに思いを馳せるクラブママのような感じで、細〜いタバコでもふかしたい気分になる。
切ないなぁー。
まず、英語について、大きな誤解があると思うのだけど、「一日○分でペラペラ」とか、ありえないから。僕の経験から言えることは、英語ってのは、漸進しかありえないのだ。ひとつずつ語彙を増やし、ちょっとずつ慣用句を覚え、聞き、話しているうちに、長い目で見てみると、「あ、そういえば上手になってきたな」と思える程度なのだ。つまり、「コップの水が徐々に溜まってきて、溢れるまでに達すると、堰を切ったように喋りだす」というような言説を唱える人がいるかもしれないが、そういうことはまずない。
つまり、帰国子女とかは別として、教育として英語を学んだ日本人の中には、「話せる人」と「話せない人」という二元論は難しくて、「全く話せない人」と「ちょっと話せる人」と「もうちょっと話せる人」と「さらにもうちょっと話せる人」などが際限のないクラス分けとして存在するだけだ。
どれだけ学んでも、知らない言葉はいくらでもあるし、理解できない言い回しというのは残ると思うのだ。だから、僕は「英語話せるの?」とか言われても困ってしまう。
「いや、話せるってのは、どっからのこと?」と、訊き返したくなる。話せるといえば話せるし、CNNのニュースやSFの映画を観て、完全に理解できるかと言われれば、できない。
言い訳として言わせてもらえば、僕はアメリカで大学を卒業するのに最低限必要だった英語しかできない、という言い方ができるかもしれない。要するに、言葉は必要な分しか必要ではないのだ。
あ、今カッコいいこと言ったように聞こえた? そんなつもりはないんだけど、海外でジャーナリストとしてやっていくならば、それとは別次元の語学が必要なわけである。必要に迫られれば、なんとかするだろうし、必要ないからなんともしないのだ。
そう考えると、日本で生活するOLさんとかが、そないに英語が必要かというと、必要ではないはずだ。だから、身に付かないし、それでも何不自由なく生活は続いていくわけである。
「ちょっと海外旅行で使える程度」なら、すぐに学べるだろう。空港、ホテル、レストランなど、状況が決まっているから、これは簡単。「ガイジンの彼氏」が目的なら、そんなもん英語なんて必要ない。ヤラせてくれるなら、ガイジンの男などなんぼでもついてくるだろう。これは保証する。町を見てみれば、白人や黒人がブサイクな日本人の女を連れて歩いている。英語など関係ないのだ。
アメリカンジョークをひとつ。
一番いいのは、イギリスに住んで、中国のメシを食べて、アメリカの給料をもらって、日本人の奥さんをもらうこと。
最悪なのは、日本に住んで、イギリスのメシを食べて、中国の給料をもらって、アメリカ人の奥さんを持つこと。
普段、主張ばかり強いアメリカ女と接しているアメリカ人からすれば、なんでもフンフンと聞いてくれて、英語がうまくないから主張もしてこないし、すぐにHさせてくれる日本人など女神(カモ)なのだ。ヤツらからすれば、はっきり言って、サンキュー以上の英語など覚えないで、余計なことを口にせずにセックスだけさせてくれればいいのだ。
ちょうど、日本人のおっさんが、タイ人の女の子に入れあげるのと同じ構図だ。日本の年金制度の歪みなど論じないでいいから、早くパンツを脱いでくれってなもんだ。
そこには、人種と男女にまつわる優越感と蔑視が絶妙な匙加減で配合されている。
よって、娘が留学したいなどと言い出したお父さんは「で、なにがしたいのか」、しっかりと聞き出しておいた方がいい。そこを曖昧にして「大きくなりたいから」とかでよしとしてしまうと、大きくなったのはあそこの穴のサイズだけ、ということになりかねない。
というか、かなりの確率でそうなる。
というわけで、脱線しつつも、英語については、「必要性がどこまであるか」ということが重要で、それなしには無意味ということが言いたかったのである。
そして、もうひとつ留意すべきは、「日本語で言えないことは、何語でも言えない」ということである。日本語で自分の意見が言えない人は、いくら英語を勉強しても、それを使って表現するべき内容は持っていないのだ。ハイビジョンテレビだけあっても、ろくな番組がない、ということだ。
What to sayとHow to sayの問題を混同してはいけないのである。
よく言われることだが、言語は道具にしか過ぎない。だから、基礎的な思考力とか表現力がないと、これまたあそこがちょっぴり広がってしまっただけの思い出を、細〜いタバコ吸いながら回想することになりかねない。
というか、間違いなくそうなる。
次にダイエットであるが、これも同様に痔になりそうなくらい地道な作業が唯一の方法と考えた方がいい。「○○を食べれば一週間で×kg減!」とかはウソだということは、テレビ番組の捏造事件で学習したはずだ。
人間の体は厳然たる科学であるから、①摂取カロリー、②消費カロリー、③基礎代謝の三つで太るか痩せるかは決まってくる。痩せたければ①を減らし、②を増やし、③を高めるしかない。③を高めるには筋肉を増やすのがいい。以上、である(それ以降は各論でしかない)。
そういう理由で女性にジムを勧めると、「ジムに行くと筋肉が付きすぎてゴツくなるから嫌」とか言われることがある。
「オレがこんだけ鍛えてもゴツくなんかなれないのに、そう簡単になれるもんかー! ナメんじゃねえぞ!」と言いたくなるのだが、嫌われたくないスケベなショーちゃんがそれを必死に抑止する。
で、結局、意に反して、
「そーだよね。固くなっても困るよね、うん」
で済ます。心の中で「今日もごめん、オレ」とつぶやく。
思うに、英語ビジネスとダイエットビジネスで儲けている人ってのは、おそらく日本語しか必要としていない、デブの日本人のおっさんだぞ。
その辺について、よーく考えましょうね。
(了)