月刊ショータ

元電通コピーライター。ずっと自称コラムニスト。著書『広告業界という無法地帯へ ダイジョーブか、みんな?』、『カウボーイ・サマー 8000エイカーの仕事場で』

「カッコつけろよ(続 ルールブック、読んだか?)」

およそ一年前のコラム、「ルールブック、読んだか?」の中で、僕は同僚のユウちゃん(仮名)という女性の、恋の話について書いたのだった。

その後、ユウちゃんとナオトくん(知らんけど)の恋の行方はどうなったのか。私は追跡調査を実施した。一年前のランチと同じメンバーであるユウちゃんと先輩を、同じ料理屋に呼び出した。

後輩の滝下(仮名)もなぜか同席していたような気がするが、揃って唐揚げ定食を注文する我々に対して、「カレーうどん定食には唐揚げも四つ付いてくる」と得意げに発言した以外は、まったく存在を消していたように思う。恋愛に関して口を挟む術が一切なかったのだ。

さて、あの時三〇才目前だったユウちゃんは、三十路となった。彼氏との最近の関係自体は煮え切らないというか、燃え上がらないというか、大きな変化もないまま続いているようだ。

それでも、先月は一緒に海外旅行に行っていた。彼氏の勤め先の旅行に「フィアンセ」として同行をしたらしい。いや、これはあくまでも僕の想像であって、彼氏が勤め先に対して、ユウちゃんをちゃんとフィアンセとして申請でもしたのかどうかは知る由もない。しかし、企業としては万が一の事故の場合などを考慮して、真っ当な関係の人にしか許可を出さないだろう。

うちの会社でそんなものがあったら北新地のおネエちゃんとか平気で連れてくる人も出てきかねない。

だから僕にはわかった。そうか、そういうことか。

彼氏はその、南方の温暖な気候と開放的な空気と燦燦たる太陽の助けを借りて、ユウちゃんにプロポーズをするつもりだったのだろう。 「そういうことやろ?」

僕はユウちゃんに尋ねた。

 

彼女は旅行の思い出をひと通り語ってくれた。そのハイライトはこうだった。

旅行中は会社の行事などで割りと忙しかったらしいのだが、一日だけ暇を見つけて、二人きりで海沿いをドライブに出かけたという。その帰路では、目を奪われるような美しいビーチがあった。

彼氏が「ちょっと止まろう」というので、車から降り、ひと気のないビーチを歩いたのだ。時刻はちょうどサンセットの頃。波の音だけが聞こえる。砂浜のせいか、眩暈のするような美しい情景のせいなのか、ユウちゃんは足元がフワフワする感覚を覚えた(オレの想像)。

「しばらく休んでいっていい?」 彼氏はそう言って、腰を降ろせる手近な場所を探して歩を進めた。その後ろ姿を眺めて、ユウちゃんは小さな予感を感じた。その胸は、幸福感で締めつけられる準備すら始めていた(これも想像)。

二人は並んで砂浜のベンチに座り、しばらく二人だけのための静寂を共有した。

ユウちゃんは沈黙に耐えた。ナオトが口火を切るのを待ったのだ。

何ヶ月か前に、デート中の車内で沈黙が降りてきた時に、ユウちゃんはそれまでの会話と脈絡のない話を振って、沈黙を払いのけたことがあったという。しかし、あとで考えると、「あ、ナオトくんは何か言いたいことがあったのかもしれない……」と、少しだけ自己嫌悪を感じたのだ。

だから、その時の彼女は沈黙を怖れることなく受け容れた。

夕空が、その色彩をワントーン落とした。波は、世界でなにが起きようと一切の関心の示さずに筆を行ったり来たりさせる画家のように、自分の仕事を続けた。

  「それが、本当に休憩しただけだったんですよ!」

僕はユウちゃんの声で、我に返った。

唐揚げが多い。割りとお腹一杯になってきた。

ユウちゃんは目を見開いた。 「なんにもなかったんですよ!」 一同で爆笑した。

僕は心の奥底では「なにもないいうんは、手も繋がない平和な状態をいうのであって、ベッドの上でのチチクリ小競り合いや、盧溝橋事件の如く突発的な衝突を契機とした肉弾戦はあったくせに」と思ったが黙っていた。

彼氏は、彼女を海外にまで連れ出しておいて、帰国した現在に至るまで、ユウちゃんに正式なプロポーズをしていないのだ。すでにお互いの両親にまで会っているのにもかかわらずだ。

そこから僕と先輩は愚にもつかない方策をあれこれ話し合ったり、提案したりした。ノーアイデアの滝下は黙々と食べていた。

まぁ、結婚なんて無理矢理しても仕方ないものだからね。

しかし、最低でも、ルールブックには書いてある。 「堂々と旅行に行っていいのは、婚約者・許婚だけだ」

僕のことも少し書くと(以前にも書いたけど)、若い頃に付き合っていた女性から、「え? 私、結婚するつもりのない人と付き合うことはないよ」と言われて、軽くショックを受けた。自分の無自覚を恥じたものだ。当時、僕は二〇代半ば。そんなことは全然考えていなかったのだ。

結局、結婚することはなかったそのコのことを思うと、人生を無駄に遣わせてしまったようで申し訳ない。……いや、フラれたのはオレの方だった。申し訳なくない。

ルールブックの記述を読み違えてはいけない。だからといって「旅行に行ったら結婚しなくてはいけない」という解釈は拡大がすぎるだろう。

そんな意味のことを僕は言ったか言わなかったか、ユウちゃんはこうも述べた。

僕は不覚にも、その言葉に少なからず感動してしまったのだ。 「自分の年齢を考えて結婚したいとかじゃないんです。『彼と』結婚したいんです。彼の爪のかたちですらかわいいと思ってるんです」

あのなぁ、ユウちゃんは本当にかわいい女性なんだよ。オレみたいな流れ者の用心棒にはもったいない女なんだ。いや、オレ関係なかったわ。

あのなぁ、そんなユウちゃんに、流れ者の用心棒にまでこんなことを言わせる君はどうなんだい、ナオトよ。

あのなぁ、会うたこともないナオトよ。もしも、ユウちゃんは結婚相手としてはなんか違うと思っているなら、それは仕方ない。その場合でも、わざわざ女性を傷つけるような言葉を置いて去ることはない。

「どんな女性にも、彼女の幸せを願う六人の人たちがいる」と聞いたことがある。両親と、母方の祖父母、父方の祖父母だ。確か、その趣旨は「だから女性を悲しませることは七人の人間を悲しませることだ。どうしてもするなら、それくらいの覚悟でしろ」ということだったか。

ユウちゃんが愛想を尽かして去るまでダラダラと付き合いを続けるのもひとつの手だろう。

しかし、そうでないなら。カッコつけろよ。カッコつけるというのは、自分のためにすることではなく、彼女のためになにかをすることだ。

なにか柄にもないことをするとするだろ。 「一体、どうしたの?」と、相手が狼狽することもあるだろう。思ったほど喜んでくれなくてさ。

そんな時便利だから、コレ遣えよな。 「うん。カッコつけさせてよ」

オレは流れ者の用心棒だから、古いカントリーソングの一節を残して、そろそろ馬に乗って次の町に行くわ。

"If Tomorrow Never Comes" by Garth Brooks https://youtu.be/z6le1AlPaU4

〈もしも明日が来なかったら 彼女は僕がどれだけ愛していたかわかってくれるのだろうか 僕はあらゆる手を尽くしただろうか 彼女に毎日 君だけなんだって伝えることに〉

でも最後に、本当に余計なんだけど、それでも知っておいて損はないウンチクを垂れておくと、ガース・ブルックス本人は、このPVに出演もしている奥様のサンディとはのちに離婚して、女性歌手のトリシャ・イヤーウッドと再婚してるからな。

そんなこともあるからな。