月刊ショータ

元電通コピーライター。ずっと自称コラムニスト。著書『広告業界という無法地帯へ ダイジョーブか、みんな?』、『カウボーイ・サマー 8000エイカーの仕事場で』

「『あの夏』を語る語る」

先日、写真家の友人と後輩とカントリーバーで飲んでいる時に、僕の好きな曲がかかり、この、Garth Brooksの"That Summer"という名曲について二人に話した。なんだか僕のカントリー熱が着火してしまって、その歌詞を翻訳して二人にご紹介させてもらった。 「あの夏」というシンプルなタイトルの、未亡人とひと夏の恋、というか関係を持ってしまった少年が「あの夏」を回想する、エロティックでビタースイートな歌なのだ。こういう題材を九〇年代にカントリーに持ち込んだことでも、彼は革新的なアーティストであった。
ここでも何度か書いているが、ガース・ブルックスは生ける伝説のカントリー歌手で、アメリカ人なら知らない人はまずいない。 全米でのアルバム売上ランキングでは、一位のザ・ビートルズ、二位のエルビス・プレスリーに次いで堂々の第三位のアーティストである。 http://goo.gl/UoCRTT

"That Summer"を翻訳しながら、「この歌詞は英語の文法や慣用句の勉強にはもってこいなほど豊かな表現が含まれているなぁ」と改めて感銘したので、また解説しながらご紹介したい。今もちょうど夏だし、夏期講習に明け暮れている受験生のご子息にもきっと役立つこと請け合いだ。性教育上、人生教育上も。

以前に(二〇一一年五月号でした)、レディ・アンテベラムの"Need You Now"で「洋楽で学ぶ英語教室」を試みました。一部には(ほんの一部)「またやって」のお声をいただきましたので、お付き合いください。 僕はこうやって英語を勉強してきました。少なくともアメリカで大学を卒業したり、インドネシアで外国人に混じって働ける最低限の力くらいは、こんなふうにして身に付けることができるわけですので。
さて、段落ごとに見ていきましょう。
  • "That Summer" Co-written by Garth Brooks
  • 1)
  • I went to work for her that summer
  • A teenage kid so far from home
  • She was a lonely widow woman
  • Hell-bent to make it on her own
十代の少年が、未亡人のところに夏のバイトに出かけたわけです。アメリカのことですから、きっと芝を刈ったり、ドアの建て付けを直したりする仕事だったのでしょう。もしかしたら、あとで出てくる麦畑の収穫の手伝いかもしれません。未亡人は「widow」です。男やもめは「widower」だそうです。 「hell-bent」は、be hell-bent to do xxで「xxするのに必死になって」という意味。「make it on one's own」は、「生活を成り立たせる」。 僕の想像の中では、三〇過ぎくらいの、赤毛で胸元にまでソバカスがある、化粧っけのない淋しげな女性です。若い頃のアンディ・マクダウェルみたいな感じです。って、誰も覚えてねえか。 まぁ、つまりこうです。
  • あの夏、僕は彼女のために働きに行った
  • 十代の少年としてはだいぶ家から遠い場所だった
  • 彼女は孤独な未亡人
  • なんとか一人でやっていこうと苦労してる人だった
  • 2)
  • We were a thousand miles from nowhere
  • Wheat fields as far as I could see
  • Both needing something from each other
  • Not knowing yet what that might be
「a thousand miles from nowhere」で「人っ子一人いない遠く」です。 「as far as xx」で、「xxの限り」。as far as I knowなら、「私が知る限りにおいては」です。
  • 僕たちは人里離れた所にいた
  • 見渡す限りの麦畑
  • 僕らは二人ともお互いから何かを必要としていた
  • その時にはまだそれが何なのかわからなかったのだけれど
  • 3)
  • 'Til she came to me one evening
  • Hot cup of coffee and a smile
  • In a dress that I was certain
  • She hadn't worn in quite a while
「one evening」で「とある夕方」。同じく「one day」は「ある日」。しかも、過去のある日(しばしば未来にも使う)。未来のある日なら「someday(いつか)」になります。 「a dress I was certain she hadn't worn in quite a while」が注目です。「きっと長いこと着ていないであろうドレス」です。「I  am certain」は「I am sure」と同じ。「in a while」は「しばらく」で、「quite」は単なる強調。 「she had not worn」は、今現在から見て過去を振り返り、そのさらに過去、すなわち着ていなかった期間への言及だから「have not」ではなく「had not」なのです。「have not」であれば「まだ着たことのない」になりますが、すでに過去のその時点(あの夏)で彼女はそれを着て現れています。だから、過去完了、着ていなかった時期は完了しているのです。
  • ある夕べ、彼女が僕に近寄ってきた
  • コーヒーを手に、笑顔を浮かべて
  • 僕が思うに、長い間着ていなかったドレスを着て
  • 4)
  • There was a difference in her laughter
  • There was a softness in her eyes
  • And on the air there was a hunger
  • Even a boy could recognize
「in her laughter」で「in her eyes」ときて、なぜ「on the air」なのか、正直僕にもわかりません。「in the air」でいいような気もします。
  • 彼女の笑い声もいつもと違ったし
  • 彼女の瞳にはやさしさがあった
  • そして、空気にはある種の飢えがあった
  • 少年だった僕にもわかるくらいのはっきりとした
  • 5)
  • She had a need to feel the thunder
  • To chase the lightning from the sky
  • To watch a storm with all its wonder
  • Raging in her lover's eyes
  • She had to ride the heat of passion
  • Like a comet burning bright
  • Rushing headlong in the wind
  • Out where only dreams have been
  • Burning both ends of the night
このへんはエロティックな部分をうまくボカして詩的に表現されているので、直訳、意訳を織り交ぜてスルーします。
  • 彼女は雷鳴を欲していた
  • 空からの雷光を追いかけるために
  • 彼女の瞳の中の恋する人を奮い立たせるような
  • その神秘をたたえた嵐を目にするために
  • 彼女は燦然と輝く彗星のような
  • 情熱の熱気に身を任せなくてはいけなかった
  • 風に向かってがむしゃらに
  • 夢だけが夜のすべてを燃やすあの遠い場所
特筆するなら「burning both ends of the night」が最も訳しにくい表現で、通常「両サイド(エンド)を燃やす」のはロウソクなのです。「ロウソクの両端を燃やす」で「無理に使い尽くす」とか「早く使ってしまう」という意味になるのです。両端から燃やすことはできないので、無理をすることになるからです。
  • 6)
  • That summer wind was all around me
  • Nothing between us but the night
  • When I told her that I'd never
  • She softly whispered that's alright
「nothing but A」が出てきました。高校で習いましたね。「A以外の何ものでもない」です。ここではThere wasが省略されていますから「Aの他は何もない」になります。 そして、次の文が僕の一番好きなパートです。 「When I told her that I had never」=「したことないんだと言った時」。先ほどと同じで、すでに過去の時点からさらに過去について「したことがない(今現在はある)」と言っているのです。過去完了。
「したことないんだ」と告白すると、彼女は「大丈夫よ」とやさしく囁くのです。そんな「あの夏」なのですよ。きっとアメリカ南部の物語ですが、「大丈夫やで」とか「かまへん」などと、決して頭の中で関西弁には変換しないで下さい。急に、あられもなく少年に馬乗りになる中年女性の絵が浮かびます。あくまでも「大丈夫よ…」と、美しく吐息がかかりそうな距離で囁かれるわけです。ドキドキです。
そんな夏が、あなたにもありましたか? 僕にはありませんでしたよ。
  • あの夏の風が僕を取り巻いていた
  • 僕らの間には夜の他は何もなかった
  • 僕が「したことないんだ」と言った時
  • 彼女は「大丈夫よ」とやさしく囁いた
興奮と、涙を抑えて先へ進みます。
  • 7)
  • And then I watched her hands of leather
  • Turn to velvet in a touch
  • There's never been another summer
  • When I have ever learned so much
「watch xx yy」で、「xxがyyするのを見る」でyyは原形です。知覚に関する語句、たとえば「see」や「feel」で使えます。yyがing形(現在進行形)になることもありますが、その違いは「xxがyyするその経過全てを見る」のが原形で、「xxがyyしているその途中や瞬間を見る」のが進行形です。 ここでは、彼女の手の感触が変わる全貌を目にしているわけです。後者の、ing形の表現もあとで出てきます。
  • それから僕は、触れただけで彼女のレザーのような手が
  • ベルベットに変わるのを目にした
  • あんなふうに多くを学んだ夏は、他に経験がないよ
少年は色んなことを学んで、大人になっていくわけです。性愛だけでなく、その女性が心に抱えていたものや、なぜそういうことになったのか、その時自分がどう感じたかなど、胸に淡い痛みを残す、複雑な思いを回顧しているのです。
  • 8)
  • We had a need to feel the thunder
  • To chase the lightning from the sky
  • To watch a storm with all its wonder
  • Raging in her lover's eyes
  • She had to ride the heat of passion
  • Like a comet burning bright
  • Rushing headlong in the wind
  • Out where only dreams have been
  • Burning both ends of the night
5)のサビの繰り返しですが、「she」が「we」になっているところがいいのです。彼女だけでなく、僕(少年)も雷鳴を感じる必要を心に持っていたのです。どこか期待していた部分もあったのだろうと思います。
  • 9)
  • I often think about that summer
  • The sweat, the moonlight and the lace
  • And I have rarely held another
  • Well I haven't seen her face
「often」は二重に発音注意の単語で、僕は高校の時に先生から「『オフテン』と書いても『オッフン』と発音するから注意」と習いました。しかし、アメリカに行って「オッフン」が何度言っても通じず「オフテン」と発音したらすんなり通じました。なんやそれ! と思いましたが、地方によるのでしょう。ちなみに、曲中でガースは「オフン」と発音しているように聞こえます。
レースは、おそらく彼女のブラジャーかパンティの装飾です。女性の裸体を暗喩しているのだと思います。
  • 今でもよくあの夏を思う
  • あの汗、月明かり、レース飾り
  • もう二度とこない夏
  • あれ以来彼女には会っていない
  • 10)
  • And every time I pass a wheat field
  • And watch it dancing with the wind
  • Although I know it isn't real
  • I just can't help but feel
  • Her hungry arms again
切ない場面です。ガース・ブルックス自身もこの場面は何度も書き直し苦心したと何かのインタビューで答えていました(出典不明。忘れました)。 「every time」は「毎回」です。一回一回その度です。なぜ初めに出てきた時は麦畑は複数形だった(Wheat fields as far as I could see)のに、ここでは単数形なのか、日本人にはよくわからないところです。僕にもよくわかりません。しかし、たぶん、「every time」「pass」することができるのは麦畑ひとつ(一反? アメリカンな感じが出ないな……)ずつだからかなぁ、と思います。面倒くせえなぁ。名詞の複数形と三人称単数現在のSほど不必要なものはないと、僕は思っています。 「watch it dancing」は、先ほどの「I watched her hands of leather turn to velvet」と違って進行形です。なぜなら、麦が止まっている状態から風に動き出す一部始終を見るわけではなく、すでに踊っているところを目にするだけだからです。 「can not help but 原形」は「can not help ...ing形」と同じです。エルビスの歌で「♪ I can't help falling in love with you」というのがありましたね。「……せずにいられない」です。
  • それでも麦畑を過ぎる度
  • そして、それが風に踊るのを見る度
  • 現実ではないと知りながら、
  • 彼女の、僕を求めた腕を感じずにいられないんだ
  • 11)
  • She had a need to feel the thunder
  • To chase the lightning from the sky
  • To watch a storm with all its wonder
  • Raging in her lover's eyes
  • She had to ride the heat of passion
  • Like a comet burning bright
  • Rushing headlong in the wind
  • Out where only dreams have been
  • Burning both ends of the night
  • Rushing in long in the wind
  • Out where only dreams have been
  • Burnin' both ends of the night
5)のサビの繰り返し、で終わり。
ここで非常に申し訳なく、残念なお知らせです。YouTubeで"That Summer"を散々検索しましたが、ガースの歌うオリジナル曲はありません。二万件のヒットのほぼ全てが素人によるカバーです。それだけ有名な歌だというふうにお考えください。
中にはマシな歌い手もいますので、適当に選んでいただくか、ご興味ある方はCDをお買い求めください。彼は数々の記録を打ち立て、革新を生み出し、CDを売りまくり、二〇〇一年に若くして引退していますが、〇七年に発売された『The Ultimate Hits』というベスト盤も出ております。
「若くして」っていつだったろうと、改めて調べてみると、三十七才! 今のオレと同い年! マジかよ! オレ何も打ち立ててなさすぎ! ガース老けすぎ! 若ハゲすぎ! 人生のロウソク、両端から燃やしすぎ! 色んな意味でマジかよ!
コラム冒頭のカントリーバーは、大阪は曽根崎新地の「サボテン」です。ここに来ればもちろん"That Summer"、聴けます。僕もカウンターにいるでしょう。私立探偵のように。
美しい未亡人からの人生相談も、英語個人教授の依頼も、芝刈りでも麦刈りでも、どしどし受け付けます。
あの夏。
嗚呼、この夏も何事もなく、行ってしまう。