月刊ショータ

元電通コピーライター。ずっと自称コラムニスト。著書『広告業界という無法地帯へ ダイジョーブか、みんな?』、『カウボーイ・サマー 8000エイカーの仕事場で』

「生きていこうと思うじゃねえか」

ネットでとある情報サイトを見ていたら「スーツに合うヘアスタイル」特集があった。僕は普段スーツは着ないので関係ないのだが、そういう流行にも疎い質なので覗いてみた。

ガッカリであった。どこが「スーツに合う」のかがわからんのだ。言いたいことは色々あるが、一点に絞り込むとするならば、「額を出さずしてスーツなど似合わん!」ということだ。 前髪を垂らしたままにしたスタイルでスーツ着てオトナ面されても、就職活動中にしか見えないのである。また、変に工夫し過ぎるとチャラい男になるだけだ。

実はケータイ同様、日本男性の髪型にも「ガラパゴス化」が見られる。その最もヒドい例が、街の角々で客引きをしている安っぽいスーツ着たにいちゃんたちだ。あのおかしな横分けウルフカットみたいな恥ずかしい頭は誰が考案したのだろう。

スーツに合う髪型の筆頭は、オールバックなのである。古今東西、いい男はスーツを着る時にはオールバックにするのだ。いい男を挙げてみてください。ロバート・デ・ニーロポール・ニューマンチェ・ゲバラ(軍服に帽子のイメージだが、たとえば国連で演説した時ね)、白洲次郎舘ひろし。古いって?

それなら、ブラッド・ピットブラッドリー・クーパーマシュー・マコノヒーデビッド・ベッカム竹野内豊伊勢谷友介などなど。みんな共通してオールバックが似合う男たちなのである。僕が今頭に浮かんだ人を列挙しただけなので偏りがあるが、たとえばザック・エフロンオーランド・ブルームみたいなかわいらしい顔立ちの男でさえ、スーツを着てオールバックにした時が最もカッコいい。ビートたけしだって、僕は九〇年代のオールバックの頃が一番カッコよかったと思う。

大概の男はカッコよくなる。心配いらない。

三十七年間、男として生きてきた私が自信を持って決めつけるが、「四十過ぎて、髪を真ん中で分けているような男にロクなヤツはいない」。本当です。周りを見渡してみてください。

オールバックというと、橋本龍太郎に代表される政治家みたいなポマードでテッカテカの「脂ギッシュ」な男を想像されるかもしれないが、それが全てではない。額を出す髪型であれば、バリエーションは無数にある。 「ガキには似合わない」という事実からも、大人の男の髪型なのである。元服を例に引くまでもなく、子供は前髪が垂れているものであり、大人は額を堂々と出すものだ。だから、大人の着るものであるスーツと合うのだ。そこに東も西もないことがよくわかる。

「いや、でも、そうは言っても西洋人とは髪質も顔も違うからさ」と聞こえてきそうだが、だったら、なぜ西洋人と体格も違うのにスーツ着てるわけさ? 西洋人の服に倣っておきながら、他の部分は放ったらかしで、変にガラパゴス化した感覚のままスーツに合わせる方が、奇異に映ってますよ。

スーツってそもそも、インプレスするために着るものでしょう。周りに「お、キマッてるね」と言わせるための装いなのではないのか。だから、西洋人はここぞという時にスーツを着てタイしてオールバックにするわけだ。知らんけど。

それにしても、暑い季節が来たからまた言うが、日本人のスーツ着用率は異常だ。外国を歩いてみればその異常性がよくわかる。僕が去年末からしばらく過ごしたインドネシアでも、日本人はスーツ着てるからすぐに見分けられた。 たとえアメリカでもヨーロッパの街でも、これほどダークスーツは着ていないはずなのだ。 「キメる」ためのスーツという服装が、いつしか「礼儀を守るため」→「失礼にあたらないように」→「目立たないために」→つまり「みんなと同じになるように」と、勝手で奔放な解釈により「個性を殺すため」に着るものになってしまったという、非常に残念な変遷を辿った。 だから、スーツさえ着ていればとりあえず問題は避けられるという不文律が出来上がり、元々の、インプレスするという目的から正反対の位置にあるものになってしまった。これをガラパゴスと呼ばずになんと呼ぼう。

挙げ句の果てに、言うに事欠いて「選ばないで済むから」だと。シャツ、靴、タイ、ベルト、カバンなどの周辺装備を含め、スーツほどルールに雁字搦めで選択に気を遣う服はないではないか。

頭は無頓着なのにとりあえずスーツにだけは袖を通すという、僕から言わせれば「箸の持ち方は正しいか知らんが、それでハンバーガーを食べようとしている」ようなアンバランスな……、いや喩えを間違えた気がする。「安全第一と書いたヘルメットを被ってバッターボックスに立つ」ような姿になっている。うーん、違うか。 はっきり言おう。「靴下だけ履いたままセックスしている」だよ! それくらい間抜けなのだ。

サラリーマンがみんなスーツ着てオールバックにしてたら、それはそれで変な光景になるかもしれないが、そもそも変なのだ、ということだ。みんなそんなにエリートな仕事してるのかよ。

着るならちゃんとオールバック。着ないなら別にポロシャツでもシャツだけでも構わないだろう。ボタンダウンというのは、元々スポーツのポロをする際に馬上で襟がピラピラはためくからボタンで留めたもので、スポーツシャツである。カジュアルウェアである。 我々は普段働いているわけで、その日常をカジュアルと規定して、文字通り略式でよしとする。その上でオフィシャルな場、たとえば偉いさんに会うとか、パーティに呼ばれるとか、表彰を受けるとかいう際に、その時こそバッシッ! とスーツ着てタイしてオールバックにすればいいのだ。かなりインプレスできるはずだ。

普段着ないトミタくん(仮名)がスーツ着て会社に行ったある日、エレベーターに居合わせたおばさま社員が、 「すっごくキマってるわね!」 と目を剥いたあと、一瞬ののち、なにを言うのかと思ったら、 「……すっごくキマってるわね! 」 ともう一回、同じことをさらに強い調子で言った。

スーツとは、こう言わせるもののはずなのだ。

たぶんおばさまは、エレベーター降りたあとも「すっごくキマッてたわ……」と心中でつぶやき、洋式便座に座ってなんか音の出るボタンを押してまた「すっごくキマッてたわ……」と、思わず声に出しちゃって、音で掻き消されてたことに安堵を覚えるだろう。三時のおやつにおかきを食べながら、別のおばさまに「ねぇ聞いてよ。ボリボリ、トミタさんが今日、ボリ、すっごくキマってたのよ」と伝えるだろう。「え? 誰が誰が?」とまた、噂好きなおばさまが寄ってくるだろう。それを、傍らで素知らぬ顔でパソコンを打ってるおねえさまが耳にすることもあるだろう。 それが巡り巡って、いつの日かあの町の、あのコに伝達されるまで、ハゲることなく生きていこうと思うじゃねえか。それが生きる希望とちがうのか。

すでにハゲちゃってる人はどうすればいいかって? 「男は見た目じゃねえ」

おい! オレ、今、完全に目が死んでたな。

ジャ、ジャック・ニコルソンはハゲのオールバックだぞっ。生きろ。