月刊ショータ

元電通コピーライター。ずっと自称コラムニスト。著書『広告業界という無法地帯へ ダイジョーブか、みんな?』、『カウボーイ・サマー 8000エイカーの仕事場で』

「アメリカのなんやねん(後篇)」

関西以外にお住まいの方はご存知ないかもしれないけど、よしもとにプラン9というお笑いグループがありまして、その中でも地味なキャラであるヤナギブソンという人がいる。妻との馴れ初めなんかを滔々と語り、途中で気付いて「誰が興味あんねん!」と自分でツッコむギャグを持っている。あれ、僕は好きである。

そんなわけで、今日もホットドッグを食べてしまった僕の「誰が興味あんねん!」話、の続きである。

  • 【Tim McGraw(ティム・マグロウ)】

アルバムが出たら必ず買うアーティストというのが、何人かいる。前評判とか全然考慮せず、出たら買う。買ってから、自分で考える。それはあたかも、とりあえず三十八口径をぶっ放して、物音がしなくなってから誰何するように(アメリカ的比喩その三)。

僕にとってティム・マグロウはそういうカントリーシンガーだ。マッグロウ、マックグロウなど、いろんな表記がされているようだが、McGrawの発音は「マグロウ」としか聞こえない。

もしかすると、「フェイス・ヒル」の旦那さん、という紹介の方がわかりやすいのかもしれない。フェイス・ヒルは、映画「パールハーバー」のテーマ曲を歌ったり、日本でもCM曲やドラマ主題歌として使われるくらい認知がある。 だけど、カントリー界としては、ティム・マグロウは決して妻の陰に隠れることはない。現代カントリーを代表するシンガーの一人である。

初めて聴いたのは僕が高校の時、父親が入手してきたカントリーのミュージッククリップ集でティム・マグロウのデビュー曲である「Welcome to the Club」を聴いたのだ。ほどなく、僕は彼のアルバムを買うため池袋のWAVEに行っている。ティム・マグロウ自身がかつて雑誌のインタビューで「デビューアルバムは(ゴールドディスクにもプラチナにもならず)ウッドだった」と冗談にするくらい売れなかったわけだが、地球の裏側で日本の少年が小遣いはたいて買っていたことを伝えたいものである。

その後、セカンドアルバムに収録された「Indian Outlaw」がメガヒットとなり、池袋のショップで流れる有線放送かラジオかで耳にした時は驚いた。

その後順調にキャリアを築き、ゴージャスな奥さんをもらって、アメリカでは珍しく離婚することもなく三人の娘を授かって家庭を維持している。

僕は、ティムとフェイスが結婚する前に共同で行なったツアーを観ている。確かテネシー州のノックスヴィルだったと思う。

当時、フェイスはつまり、ティムの前座だったわけである。まだ陽が出ている時間にフェイスのステージは行なわれ、暮れてからティムが登場した。終盤あたりでフェイスが再びステージに呼ばれ、二人がデュエットをしてコンサートは最高潮となった。

当時は付き合っているとは知らなかったから、アヤシイくらいに見つめ合う二人に対し、観客が「キスしろ!」「キスしろ!」と、下品に囃し立てる。すると、ティムは本当にキスしやがったんだな。それがまた、とんでもなく美しいキスシーンを見せつけられたのだ。その時のレッドネックたちの喜びようといったら……。童貞に毛が生えた程度の実力であった僕も、「アメリカ人てのはどえらいキッスをするっぺさー」と、茫然とそこに立ち尽くした。

ティム・マグロウは、最近では映画出演までこなしている。有名なところでは、サンドラ・ブロックがアカデミー主演女優賞を受賞した「幸せの隠れ場所」。スラム育ちで問題を抱える黒人青年を、白人家族が保護者となって迎え入れ、大学に上げ、フットボール選手に育てていく心暖まる佳作である。強気で前向きな妻(ブロック)に対し、やさしい旦那さん、あれがティム・マグロウその人である。 もっとも、カウボーイハット姿とはほど遠いので、作品を観たうちのおかんは「で、ティム・マグロウはどこに出てたの?」と言っていたくらいだ。エンドロールの主題歌も、彼の歌う「Southern Voice」だ。

ティム・マグロウ本人は、フィラデルフィア・フィリーズなどで投げた野球選手のタグ・マグロウの息子である。しかし、それを知ったのは彼が十一才の時であったという。それまでは育ての親が実父だと思っていたのだ。 その後父親であるタグと邂逅し、バドワイザーのCMで共演までしていたのを、僕はなんだか微笑ましい気持ちで見ていたなぁ。

音楽として、自分がティム・マグロウのどこを評価しているのか、しばらく考えてみたのだがよくわからない。いや、すごく良いのだけど、簡単には説明できない。 ただ、筋骨隆々でゴーティー(日本語でいうドロボウ髭)を生やした保安官顔の彼が、実は家庭人であったり、出世作となった「Indian Outlaw」以降ヤンチャな「I Like it, I love It」「Something Like That」などのダンスソングでヒットを重ねたばかりでなく、「Live Like You Were Dying」で四十代にしてガンに侵された男が、これまでできなかったことをやって善く生きようとする姿を歌ったり、「If You're Reading This」で戦場から死を覚悟して母や妻に宛てて書かれた手紙を歌ったりと、人間の奥底に手を伸ばすような歌を歌い続けている両面性が、僕を約二十年間も捕えて離さないのだと思う(ご興味あればYoutubeで検索を)。

それは彼自身のちょっと哀しい生い立ちにも関係するのではないかと、僕は勝手に想像するのである。

そして、そういう、外見上はタフでマッチョで、しかし心にはやさしさを隠し持っている男というのは、僕らがもはや妄想とも呼べる理想の上で考える、真のアメリカ人の姿であったりするのだ。

http://www.timmcgraw.com/

そんな彼の名前をそのまま付けた「Tim McGraw」という衝撃のタイトルの曲でデビューしたのが、今、世界中で人気を博している美少女シンガーソングライターのテイラー・スウィフトである。

夏の終わりとともに去っていった恋を回想する歌である。「ティム・マグロウを聴いたら、ワタシを思い出してくれたらいいな」という少女のいじらしさに心がぎゅっと掴まれるような詞なのである。そこには夏の淡い恋の青くささとか、ぎこちない恥じらいとか、もう手の届かない時間というもののどうしようもなさとかが滲み出ていて胸を突かれるのである。

十代にしてこんな歌を書いてしまうという点のみでも、彼女の才能とその後の活躍を約束していると、僕には思えた。 それは、ガソリンタンクに小便を入れたら、車は走らなくなることくらい確実なことに思えた(アメリカ的比喩その四)。

曲を聴いて思いがけなく誰かを思い出すこと、思い出すために聴く曲、そしてだからこそ聴けない曲というのが誰しもあるものだ。

人生は思い通りにならないことばかりで、恋愛などその最たるものだ。「会いたい」でもなく「電話してほしい」でもなく、ただ「ティム・マグロウを聴いたら、ワタシを思い出してほしい」、いや、「思い出してくれたらいい(I want you to ではなく、I hope you…)」という奥床しさ。それは演歌云々ではない。ちゃんと人を向いて作られているかどうかだ。

「会いたかったー、イェイ!」とかで踊らされるんじゃねえよ! オトナの常識で考えたら、五十のおっさんに抱かれとんねん……。

先日、テイラー・スウィフト大阪城ホールでのアジアツアーコンサートに足を運んでみた。驚いたのは、「完全にアイドル」なのだ。誰もカントリーシンガーと思って聴きに来ているわけではない。いや、一人カウボーイハットをかぶった男性を見かけたが、九十九パーセントはアイドルとしてのテイラーを見に来た人たちなのだ。

5.1ch並みに四方八方から「かわいいー!」が飛び交って、なんだか苦笑を禁じ得なかったのだが、ファンとの距離感はガース・ブルックスの項で述べたような近さだ。 メインステージで歌った後、狭い通路をもみくちゃにされながらもファンにタッチしながら会場後方へ進み、そこに設置された小さなサブステージに上がる。そして、後方を向いて一曲、上手を向いて一曲、下手を向いて一曲。

  • 「あ、やっぱりこのコはカントリー歌手なんだ……」
  • と、妙に納得した。

「実際に会えるアイドル」をコンセプトに大人の手によって一房どころか箱ごといくらのバナナの如く結成されたものの、一旦売れたらもはや会えるどころか集金マシンとして働かせられまくり、マッチポンプの人気投票で話題を作り、人気がない者は「卒業」という名の馘首宣告をされる我が国の「アイドル」。 この差を思うと愕然とするしかないのである。

どれくらい愕然かって、町にふたつあった床屋のうちひとつがバーガーキングに替わって、クラス全員同じ髪型になった時くらいだね(アメリカ的比喩その五)。

(了)