月刊ショータ

元電通コピーライター。ずっと自称コラムニスト。著書『広告業界という無法地帯へ ダイジョーブか、みんな?』、『カウボーイ・サマー 8000エイカーの仕事場で』

「アメリカの叫び」

カントリーのラジオから叫びのような歌が聴こえてくる。

鉄をグラインダーで削ったときに飛び散る火花のような歌声と、胸ぐらを掴んでくるようなメッセージが、うつくしい旋律に乗せられている。

「なんだこの歌は」と驚いて調べてみると、Aaron Lewisという、浅生鴨さんを彷彿させるおじさんだった。
90年代の終わりにデビューして、00年代はじめにヒット作を放ったStaindというハードロックバンドのボーカリストが、カントリーに転向したそうだ。
同じく90から00年代に活躍したロックバンド、Hootie & the BlowfishのDarius Ruckerもさらに早い時期からカントリー歌手になっている。

つまり、カントリーいうのは、アメリカの歌うたいが還ってくる、THEアメリカンミュージックといっても過言ではない。

この、アーロン・ルイスによる「I’m Not the Only One」という歌は、基本的にはアメリカ人の愛国心を丸出しにした、反リベラルの政治メッセージソングである。

ジャパンは息苦しさに悶え苦しんでいるが、アメリカだってもがいているのだ。

果てしない貧富の差、共和党民主党の深い断絶、暴発する人種問題への怒り、歴史すらも書き換えたいキャンセルカルチャー。そこへ来て、一国で77万人の命を奪ったウィルス禍、20年を費やし元の木阿弥となったアフガン撤兵……。

f:id:ShotaMaeda:20211201225733j:plain

日本人の愛国者として、僕にもほとんどは頷ける内容の歌詞なのだが、” willing to bleed or take a bullet for being free”という部分は、イマイチすんなりと飲み込めない。
「自由のために血を流す」というのは、圧政に苦しむ少数民族とか、香港や台湾の人たち、不当に弾圧される人々が言うならわかるのだが、たとえアメリカがタリバンに負けたとしても(実際、敗北と呼べる結果なのだが)、アメリカは自由のままであるだろう、と思うのだ。

いまでも戦国時代みたいな国情の他国を、宗教も政治制度もちがうアメリカ合衆国が民主主義で平定しようというのは、あまりにも無理があった。そのために血を流した米兵士に大義を与えたい気持ちはわかるし、濫觴911のテロ事件であったとしても、どうにも戦いつづける意義のない戦争だった。
「馬を水辺に連れていくことはできても、水を飲ませることはできない」に近い態様だったことだろう。

wedge.ismedia.jp

アメリカというのは建国の歴史からして、なにかを他者に押しつけて、組み敷いて、突き進んできた国なので、それは悪癖であり宿痾のようなものだ。
東から西へ領土を拡大していくことを「マニフェスト・ディスティニー(明白な運命)」と云って正当化したし、先住民にキリスト教を布教することは「野蛮人を文明化する、正しい行ないである」と考えていたし、南北戦争での奴隷解放を受け、1870年に憲法修正第15条によって黒人にも選挙権を認めたものの、南部諸州では人頭税や読み書きテストを課すなどあれこれの妨害があり、およそ100年後、1965年の投票権法成立を見るまで人種差別は顕著で執拗だった。

だから、この歌にもアメリカの傲慢なところが滲み出ているように感じられて、「そういうところが、世界から嫌われるところやぞ!」とも思うのだが、それでもなお、この歌は僕の心を惹きつけてやまない。

アメリカの歌と思って聴けば矛盾もあるが、我がこととして聴くならば、僕も国のために斃れたひとたちには敬意を持っているし、もしもこの国の自由が脅かされるような事態になったら、あらゆる手段で戦うつもりはあるからだ(まっさきに死ぬタイプだけど)。

Youtubeでは、この歌のいくつかのバージョンが視聴できて、一番多いもので480万回再生され(2021年12月現在)、14万の高評価と1万5千件のコメントがついている。ラジオでも毎日流れている(僕が聴くラジオ局では、ExplicitといってFワードを使って歌うバージョンが平気でオンエアされている)。

アーロンは、ひとりではなかったのだ。

彼に賛同するかどうかは聴くひとの勝手だが、多くのアメリカ人が現代に対して感じている、焦燥や憤懣が表現されている。

 

youtu.be

“I’m Not the Only One” by Aaron Lewis

Am I the only one here tonight
Shaking my head and thinking something ain't right?
Is it just me?
Am I losing my mind?
Am I standing on the edge of the end of time?

俺だけか 今夜ここに
なにかがおかしいと思って 首を振るのは
俺だけ? 俺の頭がおかしいのか?
俺はこの世の終わりにいるのかね

Am I the only one?
Tell me I'm not
Who thinks they're taking all the good we got?
And turning it bad
Hell, I'll be damned
I think I'm turning into my old man

俺はひとりぼっちか? ちがうと言ってくれ
やつらがこの社会のいいところを奪って 捻じ曲げる
そうなったら俺も終わりだな
俺はオヤジみたいになってきたな

Am I the only one willing to bleed
Or take a bullet for being free?
Screaming 'What the fuck!' at my TV
For telling me
Yeah, are you telling me?
That I'm the only one willing to fight
For my love of the red and white and the blue
Burning on the ground
As the statues coming down in a town near you
Watching the threads of Old Glory come undone

俺だけか? 自由であるために
血を流すことを 弾丸を喰らうことを 厭わないのは
なんじゃそりゃ! とテレビに叫ぶ
なに言ってやがる 
俺だけだとでも?
焼け落ちる 赤と白と青の国旗への愛のために
戦おうという気があるのは
きみの近くの町でも銅像が倒され
歴史の連なりが断ち切られるのを眺める

Am I the only one not brainwashed
Making my way through the land of the lost
Who sees it as it is
And worries about his kids
As they try to undo all the things he did

俺だけなのか? 洗脳されていないのは
失われゆく国でなんとか前に進もうとするのは
事実をそのままに見るのは
子供の未来を憂うのは
神がしてきたことを やつらがナシにしていく中で

Am I the only one who can't take no more
Screaming, 'If you don't like it, there's the fucking door'
This ain't the freedom we been fighting for
It was something more
Yeah, it was something more

俺だけか? もう無理だと思うのは
気に喰わないならドアはあっちだぜと叫ぶ
こんな自由のために戦ってきたわけじゃないだろ
もっと大きななにか
そう もっと大切ななにかだろう

Am I the only one willing to fight
For my love of the red and white and the blue
Burning on the ground
Another statue coming down in a town near you
Watch the threads of Old Glory come undone
Am I the only one?
I can't be the only one

俺だけか? 自由であるために
血を流すことを 弾丸を喰らうことを 厭わないのは
そんなバカな! とテレビに叫ぶ
なに言ってやがる 
俺だけだとでも?
焼け落ちる 赤と白と青の国旗への愛のために
戦おうという気があるのは
きみの近くの町でも銅像が倒され
歴史の連なりが断ち切られるのを眺める

俺だけか? 俺だけなはずはないだろう

Am I the only who quit singing along
Every time they play a Springsteen song?

俺だけか? スプリングスティーンの曲が流れるたびに
合わせて歌うことをやめたのは

Am I the only one still sitting here
Still holding on, holding back my tears
For the ones who paid with the lives they gave
God bless the USA
I'm not the only one willing to fight
For my love of the red and white and the blue
Burning on the ground
Another statue coming down in a town near you
Watching the thread of Old Glory come undone

俺だけだろうか まだここにいるのは
涙をこらえながら まだ持ちこたえているのは
命を捧げた者たちのために
アメリカに神のご加護を
俺だけじゃないだろう
焼け落ちる 赤と白と青の国旗への愛のために
戦おうという気があるのは
きみの近くの町でもまた銅像が倒され
歴史の連なりが断ち切られるのを眺める

I'm not the only one
I can't be the only one
I'm not the only one

俺だけじゃない 俺だけなはずはない
俺だけじゃない


(対訳:前田将多)

youtu.be

補遺:ブルース・スプリングスティーンは長らく労働者を代弁するロック歌手として認知され、「The Boss」の愛称で大衆から敬われてきたが、2020年10月に、「トランプが再選されたらオーストラリアに移住する」と発言した。アーロン・ルイスは「ひとりの男のために国を捨てようなど、それがアメリカ人としての態度か」と怒っているようだ。