月刊ショータ

元電通コピーライター。ずっと自称コラムニスト。著書『広告業界という無法地帯へ ダイジョーブか、みんな?』、『カウボーイ・サマー 8000エイカーの仕事場で』

「面接にはオールバックで行きなさい」

僕が就職活動をしていたのは二〇〇〇年の春で、氷河期と呼ばれる期間(一九九三~二〇〇五年)の中でも、有効求人倍率で見れば最悪の数値を叩き出した、超がつく氷河期であった。
そういう時節に難関といわれる企業に入社したのだからエラいだろう、と自慢したいわけではない。僕はまともな就職活動はしていないのだから。

入社試験を受けた企業は二社。業界一位の電通と三位のADKだけだ。二位の博報堂はぼーっとしているうちに〆切が過ぎていて受けられなかった。が、なんとなく「オレは博報堂っぽくはないな」と感じてはいたので、受ける気もなかったのかもしれない。

テレビ朝日エントリーシートを提出しに行ったような記憶もあるが、その後なんの音沙汰もなかったので、書類審査で落ちたのか、そもそも書類に不備があったのか、今となってはわからない。

とにかく面接までこぎつけたのは二社で、内定をもらったのは、そののちに入社した電通だけだった。

僕は面接には自信があった。経歴が異色で、話すべきネタがいくつかあったからだ。
アメリカの大学をひとつの単位も落とすことなく卒業して、法政の大学院で社会学を専攻しながら、早稲田のお笑いサークルで一応、大手芸能事務所が仕切る学生大会の決勝に残る程度の実績があった。

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面接にはスリーピースのダークスーツを着て、坊主頭でのぞんだ丸刈りにしたのは奇を衒ったわけではなく、その少し前に、親友である男に対して暴言を吐いてしまいお詫びの印だったのである。

彼とは当時同じバイトをしていて、よく話した共通の話題は進路についてだった。彼は頭脳明晰で、スポーツ万能で、しかもとにかくおもしろかった。こんなに人を笑わせられる人間がいるのか、というくらい昔からユーモアのセンスが抜群だった。

将来はどういう輝かしい道に進むのだろうと思っていたら、公務員になると言った。
若い僕は当時、公務員なんて夢のない、ただ安定だけを求めるつまらん仕事だと完全に見下していたのだった。彼のような人間的に魅力あふれる男に、つまらん道は選んでほしくない一心で、僕は公務員という立場を侮辱する言葉を並べ立てた。

ほとんど怒ったところを見たことがなかった彼が、突如、烈火のごとく怒った。
「俺の父親は公務員だ! だけど区役所を変えようと戦ってきた人で、出世もしなかったけど、そういう公務員だっているんだ。十把一絡げに馬鹿にするんじゃねえ!」

僕は何事も思い込みで断じる自分を恥じた。彼の志望先だけでなく、彼の父親を侮辱するようなかたちになってしまったのである。
あまり反省ということをしたことのない不遜な人間である僕であったが、彼の言葉は僕の胸を切り裂いて、背中から突き抜けた。切り口は鮮やかすぎて、血も出なかった。

だから僕は素直に謝った。「ごめん。言いすぎたと思う」

バイトが休憩時間になると、僕は近くの床屋さんに飛び込んで、頭を丸めた。

 ちなみに、僕の親友は消防隊員という公務員になり、いまは特別救助隊員(レスキュー隊)の教官をやっている。

丸坊主になって戻った僕に、バイト先の上司は「あら、前田くんどうしたの?」と目を丸くしたが、僕は「気分転換です。へへへ」と笑ってごまかした。

家に帰ると、おかんは「あんた、その頭なによ。まるで少年院から出てきたみたいじゃない」と言って、珍しそうに坊主頭を撫でた。

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「面接もそれで行くの、あんた?」

面接のことなど、ちっとも考えていなかったのだ、僕は。
親友を傷つける言葉を吐いてしまったけど、何度も「ごめん」と謝るのは憚られ、ただ、坊主にすることで、この件は終わりにしてほしかったのだった。

ところが、企業に送った履歴書には、髪の毛がある頃の写真が貼ってあった。
ADKの一次面接に赴くと、スーツを着た二人組の社員さんはギョッとした。ひとりが、僕の顔と、手元の書類の写真を見比べて、
「ずいぶん変わりましたね……」
と言った。
僕は用意していた答えで淀みなく応じた。
「はい。パッケージは変わりましたが、中身はいっしょです」

一次面接はなんなくパスした。

二次が筆記試験だった。
広告会社の筆記試験なんて形式だけの、つまりなんらかの理由をこしらえて人を落とすための、常識問題なのだろうと高をくくっていたら、そうではなかった。その年のADKの筆記テストはマジだった。
その前年に、旭通信社と第一企画が合併してアサツーディ・ケイとなり、業界第三位に躍り出たADKは、業界内外からの期待も高かったし、それに応えるべく本気でいい人材を獲得しようとしていた。それがひしひしと伝わってくるような試験だった。

だいたい、広告会社を志望するようないい加減な学生に
「経済紙でよく見かける『ベア』という言葉は、何の略ですか?」
などという問いを出してどうする、と思うのだ。
経済紙など読んだことがなかったボンクラには答えようがない。まず前提がおかしいと考えた僕は、このように回答した。

「見かけない」

ADKには二次試験であえなく不採用となった。悔いはなかった。

電通の試験についてはなにも小細工はしていない。誰からの「推薦状」もないし、面接では質問に対しまっすぐ答えただけだし、なるべく相手の目を見てはっきり話しただけだ。

入社して何年かすると、今度は僕が面接官をすることになったし、OB訪問の学生とも何人もお話しした。
アメリカで大学を出て、法政の大学院は中退になっている僕には、OB訪問してくるような人は本来いないのだが、たまに先輩から「君の方が学生と年も近いから話も合うやろ。会うたってくれへんか」と、役割が回ってくるのだ。

余談になるが、最近いくつかの企業で、OB訪問の女学生が社員に性的暴行を受けた事件が報じられていたのを読んで心が痛む。モテないやつというのは、あらゆる手段を使って、一度でも多く、一人でも多くを相手に、セックスをしようとする。
立場を使って、カネを使って、権力を使って、酒を使って、策謀を使って、暴力を使って。

四〇代も半ばにさしかかれば、学生なんてほとんど子供であることがわかる。子供にあれこれ言っても正しい対応は難しいと思うので、助言や諫言めいたことはほかに譲るが、この「あらゆる手段を使って」という点は強調しすぎることはないと思う。

 

閑話休題。OB訪問してきた男子学生に、僕からいつも伝えるのはこういうことだ。

「面接にはオールバックで行きなさい」

自分が一番いいと思うスーツを着て、一番カッコいいオールバックにして、自分のことを堂々と話してくる、これ以外に小賢しい「今日から実践! 就職面接に勝つ10の方法」とか読んでももう遅いんだよ。
おじさんたちは小賢しい若者が一番嫌いなんだよ。なぜなら、やがて自分を追い落とす存在になるから潜在的脅威なのだよ。

この前も学生さんと僕の店であるスナワチでお話ししていて、僕はおもむろに
「なんで君はマッシュルームカットしてるんだい?」
と訊いた。
本人はマッシュルームカットにしていたつもりはなかったみたいなのだが、君がマッシュルームカットかどうかはこちらが決めることなので、君はまちがいなくマッシュルームカットだったのである。そうでないと、世の中にハゲた人はいないことになる。

いや、普段どんな髪型にしようと人の勝手である。しかし、スーツを着る時にはオールバックにするものなのである。せめて額は出そう。

試しに”men in suits”で画像検索してみればわかる。
このことについては過去にも書いたけど、それはワンセットなのだ。

そして、オールバックにすることにはそれなりの意味もあり、自分の顔をよく見てもらえることになる。面接というのは自分のことを見せて、お話しして、お伝えしに行く場だ。そのために履歴書があって、これまでの経験や意見を開陳するのである。その時に顔を隠していたら、チグハグな印象を与えるだけではないか。
恋愛と同じで、自分を開示せずになにかを与えられることはないのだ。

いまどきオールバックにして来る就活生なんていないって?
だからやるんだよ! 

僕は若者に言いたい。なんだよ、リクルートスーツって。そんなもの世界のどこにもないぞ。勝手に日本人がでっち上げたもので、そんなものを着なくてはいけないルールはない。

群れの中からどのように目立つのか、その方法を考えなくてはいけない。もちろん、面接で足を組んでタメ口でしゃべったら目立つだろう。でも落とされることくらいはわかるだろう。

では、どうやったら好ましく目立てるのか。手はじめにオールバックしかあるまい。
それ以外に、君にもオレにも、すぐに目立てる能力などないのだ。

オールバックというのは、(ハゲさらばえる前に)男がたどり着けるひとつの到達点だ。そこはかとないインテリジェンスが感じられて、最低限の接遇は提供したくなるディグニティーが醸し出されて、トラディショナルでオーセンティックな思想を持つまともな男に見えるものだ。

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わけもなく偉人感が出る


これだけ語ればきっとわかってもらえるだろう。

それでは、就職活動中の学生諸君の健闘を祈ります。
「前田さんの言った通り、オールバックにしていったら内定もらえました!」という報告をお待ちいたします。

「オールバックにしていったのに落ちました!」という場合には、
「それはオールバックのせいじゃねえだろう」
と返します。

 

P.S. 整髪料はクールグリースがおすすめです。