月刊ショータ

元電通コピーライター。ずっと自称コラムニスト。著書『広告業界という無法地帯へ ダイジョーブか、みんな?』、『カウボーイ・サマー 8000エイカーの仕事場で』

「寅よ、ちょっとは役に立たんかい」

二年前の夏、僕がカナダでカウボーイをしていたある日、日本の主人(妻)からメッセージが来た。
「猫飼ってもいい?」
僕は猫好きで、小さい頃から猫を何匹も飼ってきたけど、主人は犬好きで、実家で犬を飼ってきた。だから意外であった。余談だが、人間のタイプとしては、僕は好きな人には従順な犬タイプで、主人は気まぐれな猫タイプである。僕はそれを、あまりに気分屋な彼女に指摘したことがあった。
「それ見ろ、君は犬好きというが、人間のタイプとしては完全に猫で、猫好きな僕は……」
ここまで言った僕にすかさず返ってきた、彼女の言葉はこうだ。
「お前は虫や」

こんな感じなので、僕が妻を主人と呼ぶ理由もなんとなくお分かりいただけるかと思う。

とにかく、主人の妹が道端で子猫を拾ってきたというのだ。自転車にでも轢かれて、死にかけていたところをたまらず救って獣医に連れて行ったのだ。後ろ足が麻痺しているようで、医者も「今夜持たないかもしれないので、点滴はするけど預かれない」とさじを投げたそうだ。親猫はどこへ行ったのか、栄養失調で衰弱しきっていた。
ところが、この子猫は義妹の家でみるみる回復していき、脚を引きずったまま動き出した。その頃の画像も添付されていた。
こんな子猫ちゃんを見せられて、拒絶できるわけがあろうか。

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僕が帰国すると、我が家では犬も同時に飼うことにした。大阪の鶴橋にある動物シェルターから、かねてより主人が目を付けていたヨークシャーテリヤを引き取ってきた。オドオドしていてみすぼらしくて臭い犬だった。
キジトラの猫には寅次郎、犬にはジョージと名付けた。両方ともオスだから、日米を代表するいい男である、車寅次郎とジョージ・クルーニーから取った名前だ。

犬は飼った経験がなかった僕は、犬ってこんなにかわいいものなのか、とすぐにジョージを溺愛し始めた。ところが、猫好きの僕が発狂しそうになるほど、寅次郎はクソ猫なのであった。人を咬む。甘噛みのレベルではない。犬を爪で襲う。エサを奪う。キャットタワーから、カーテンレールを伝って、エアコンに登る。台所を漁る。あらゆるビニールの物や新聞をグチャグチャに咬む。食器棚やクローゼット、下駄箱など入ってほしくないところ全てに入る。料理しているまな板の上を歩く。その他、こいつの悪事は数え上げたらキリがない。

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僕の実家は、僕が幼稚園児の頃から通算九匹の猫を飼ってきた。どの子も性格が違っていて、それぞれに思い出がある。ほとんどの子は車に轢かれて死んでしまった。思い出すと今でも涙が出てきてしまうやつもいる。寅次郎のような酷い猫はこれまで見たことがなかった。

猫大好きのうちのおかんが我が家を訪ねてきて、
「寅ちゃんは、画像だけでいいや……」
と言い残して、流血しながら帰っていったくらいだ。

カウボーイとして、家畜を時に乱暴に扱う仕事から戻ったばかりの僕は、寅次郎に本気で腹を立てることもあった。動物虐待と言われようが、諭すことができない獣に分からせるには痛みで覚えさせるしかない。追いかけ回してブチのめしたことも一度や二度ではない。その代わり、僕の手もカウボーイをしていた頃よりも傷だらけになった。

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僕は電通を辞めて、牧場でのんびり気楽にカウボーイをやっていたのではない。「カウボーイとは何者なのか」を解き明かす本を書くつもりで長期の取材をしていたのだ。無名のコピーライターの僕に出版のあてなどなかったが、帰国して間もなく執筆を始めた。

毎日、毎晩、書斎にこもっては取材ノートと資料を机に置いて書き続けた。その部屋には寅次郎に入ってきてほしくないのだが、ドアに飛び付いて開けることをすぐに覚えてしまった。してはいけないことは一切覚えないのに、してほしくないことはグングン学習していく寅に、恐ろしささえ感じた。
かなり書き進めたある時など、コーヒーを淹れている隙に書斎に入った寅が、PCのキーボードを踏んでいて、「hhhhhhhhhhhhh..........」と九ページ分くらいに渡って打っていたこともあった。Deleteキーでなくて本当によかった……。

僕が結婚した時に奮発して買った革張りのソファはレバーを引くと足乗せ台が出てきて、テレビを観たり昼寝するのに最高だった。寅はそこにションベンを繰り返した。リビングルームに浮浪者がいるような臭気が立ち込めるようになり、僕は泣く泣くそれを粗大ゴミに出した。ゴミ箱もフタ付きの一万円もする頑丈なやつに替えた。キッチンの三角コーナーもフタがあるものにした。その頃の僕に収入はない。

結局取材に三ヶ月、執筆に三ヶ月がかかった。依然、出版のメドはなかった。

寅に対して「去勢すれば大人しくなりますよ」というアドバイスも受けたが、大人しかったのは去勢した当日だけであった。

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こいつは、去勢手術のみならず、ロボトミー手術でも受けさせるしかないのではないか。幼くして頭を打っているから、すでに頭がおかしいのか。
主人ともども、途方に暮れた。こいつは悪魔か。

それなのに、寅次郎というのは、顔が抜群にハンサムなのだった。

中身はクソ野郎なのに、見た目は疑いようもなく美しい。有名人に喩えるなら、沢尻エリカ様か赤西仁のようなものだ(いえ、ご本人たちの実際は知りませんので、あくまでもイメージですが)。

僕が寅次郎の醜態と暴挙をSNSに晒すと、何人かの方が「かわいい」「かわいい」とバーチャル的にかわいがってくれるようになった。「寅ちゃんファン」を自認する人も出てくるようになり、「雑誌でこういう猫特集がありますが、寅ちゃんの画像を送ってはいかがですか?」なんてお誘いも受けた。うれしはずかしいことである。

そんなこんなで一年半が過ぎ、僕も寅次郎との付き合いについて学習した。寅の体重は四キロを越え、相変わらず僕の手も家具も傷だらけなのだが、寒い日などスッと布団に入ってきて、腕枕で寝る。その時だけは、お腹だろうが肉球だろうが触らせてくれるサービスタイムだ。床にペタッと寝ころび、背中を掻けと催促してくる。耳を触ると気持ち良さそうに目を細める。最近は僕に抱っこされたままうつらうつらするのが、どうもお気に入りのようだ。

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カウボーイを巡る、僕の個人的プロジェクトにも同じだけの時間が与えられ、この度、やっと出版される運びとなった。
僕の新刊『カウボーイ・サマー 8000エイカーの仕事場で』は、「本の街・神田でいちばん小さな、ひとり出版社」がキャッチフレーズの、旅と思索社から刊行される。
前著『広告業界という無法地帯へ ダイジョーブか、みんな?』(毎日新聞出版)同様、大阪の小さな本屋さん・まや書店に協力を仰ぐことにしよう。
その時の経緯は以前に書いた。まや書店のご主人は、今日も本や雑誌を抱えてあちこちへ配達している。

まや書店:Tel. 06-4706-8248 Fax. 06-4706-8253

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寅次郎よ、お前のためにオレはかなり出費した。ちょっとは家計に貢献しろ。

前回はまや書店でお買い上げくださった方にはレザーのしおりを付けたのだけど、今回は「寅ちゃん缶バッヂ」をお付けします(いらん!)。苦し紛れの、僕ひとりが投資できる販促活動です。カウボーイにはなんの関係もないけど、これしか思い付かなかったのだ……。二種類ありますが、どちらがもらえるかは指定できませんので、ご了承ください。

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『カウボーイ・サマー』は、ひとりのコピーライターがキャリアを捨てて挑んだ、ひと夏の冒険の本です。日本人はあまり知らないけれど、北米人の心の根幹に宿るカウボーイのほぼ全てが書かれていると言っていいと思います。いろいろあって、ちょっと発売日が当初の予定より遅れますが、是非お読みいただきたいです。

ほな、寅ちゃん、ジョージ、一緒に寝よか。

amazonへのリンク:
『カウボーイ・サマー 8000エイカーの仕事場で』前田将多著(旅と思索社)