月刊ショータ

元電通コピーライター。ずっと自称コラムニスト。著書『広告業界という無法地帯へ ダイジョーブか、みんな?』、『カウボーイ・サマー 8000エイカーの仕事場で』

「荒くれ者の端くれとして」

■「ケヴィンという男」篇

十五年近く勤めた広告会社を辞めて、ひと夏の間、カナダにてカウボーイをして過ごすことにした。今、ふた月が経ったところだ。

ケヴィンという荒くれ者カウボーイ一家の牧場に滞在して、その両親であるハーブとイーディスという夫婦の家の地下室に寝泊まりさせてもらっている。

ケヴィンは四十五才。眼光鋭く、口元はこんもりと蓄えたヒゲで覆われている。頭頂部は逆に、潔いほどに毛に覆われていないのだが、男たちは屋外では必ず野球帽なりハットをかぶっている。無帽で表に出ることはまずない。背自体は僕と大差ない一七〇センチ半ば。だが、三角筋(肩)から広背筋が発達した大きな背中を少し丸めてノシノシと歩く姿は、実際よりもずっと大きく見える。

僕が彼を荒くれ者呼ばわりするのには、理由がある。怒りを全く包み隠さないのだ。そして、その時の吐く言葉がとにかく汚い。

「mother-fucking」「cock-sucking」という形容詞に対応できる、通常に流通した日本語は無い。「mother-fucking, cock-sucking bastard!」など、母親とヤるわ、チ○ポは咥えるわ、親なし子だわ、矛盾だらけだ。意味なんかないのだ。ただフラストレーションの発散として何事かを叫びたいから、吐くだけの言葉なのだ。

まぁとにかく、知り合って間もないというのに、こういう言葉を間近で大声で聞かされると、こっちはちょっと萎縮する。

普通、女性のいる前や、特に子供の面前では、男はこういう言葉を口にしないものなのだが、ケヴィンはお構いなしだ。牛や馬といった家畜に対しても、ケヴィンは無茶苦茶だ。僕は動物を本気で殴る人間を初めて見た。逆ムツゴロウさんだ。

ただ、一点断っておくと、馬に対してはライダーである人間がボスであることを教え込まなくてはいけない。何事も馬の意思ではなく、人間の指示する方向に進ませ、こちらの思い通りに動くように仕向ける必要があるのだ。

たとえばホルター(口紐)に繋いで馬を引く時にも、人間が先を歩き、馬に引かせてはいけない。あくまでも人間の行きたい方向に馬を従わせるのだ。

趣味で乗馬しているわけではなく、我々カウボーイはあくまで仕事として、最高の効率と安全を追求しつつ馬と共に作業にあたっているからだ。

それでも、ケヴィンのやり方は、僕の目には度を越えているように見えた。牛の群れを制御する時には、専用の弾力性のある棒を使うのだが、彼はそれがビュッと音がするくらい激しく振って、バチン! と背中を打ったり、お尻を突いたりする。家畜用でない、そこらの鉄棒をバットのように両手で振って、家畜の頭蓋骨がゴチン! と音を立てることすらあった(本当はもっとすごいことをしていたのだが、前号に引き続き、残酷描写のため詳述は避ける……)。

荒くれ者は、仕事に関しても、手取り足取りなんかは教えてくれない。ケヴィンは僕が「今日は何をするんですか?」、「それは何のためにするのですか?」と質問しても、早口でゴニョゴニョッと答えるので、よくわからないことも多い。そのくせ、友人と長電話をしては、汚い言葉を交えつつバカ話を延々と続け、「ギャハハハ!」とバカ笑いをする。だから、僕はこの人がやや苦手であった。

しかし、振り返ってみれば、彼が僕に向かって汚い言葉を吐いたことはない。それどころか、幾度もピンチの際に助けてもらった。

八月の暑い日のこと。僕は、ケヴィンの妻であるタミーと、トラクター二台を使って干し草巻きの作業をしていた。実は、夕方に僕の水筒の水が残り少なくなり、まだ作業は数時間続ける見込みであったため少々焦りを感じていた。牧場までは十数キロ離れているから、水は補給できない。そんな時、タミーのトラクターに付けたベイラー(草を巻く機械)が故障して、作業が中断した。僕は「まずいなぁ」と思いつつ、ケヴィンに電話をかけるタミーを見ていた。数十分後、ケヴィンがピックアップトラックで現れた。

すると、工具の他に、頼んだわけではないのに、缶ビールを数本持って来てくれているではないか。なんて気が利くんだ。こんな人だったっけ? と、僕は感謝しながら、それで喉を潤した。

それ以外にも、僕のベイラーに、落ちていた牛の頭蓋骨が挟まって詰まってしまった時。

僕が穀物を積載した十トントラックを畑でスタックさせてしまった時。

ケヴィンは文句も言わずにすぐさま助けに来てくれた。

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普段、機械が故障したり、動物が言うことを聞かないと、上記のFワードだかナニワードだかを叫んで当り散らすのだが、僕が何かをしくじっても「Oh well, oh well(まぁまぁまぁ……)」とだけつぶやいて救援してくれた。そして、僕が押しても引いてもどうにもできなかったトラブルを、時に汗みずくになりながら、時に手を油で汚しながら、毎度解決してくれた。

何か一緒に作業を終えて、体は埃だらけ、ブーツは泥や糞だらけになって汗を拭く。彼がショップ(機械修理をする作業所)の冷蔵庫から缶ビールを二本出してくる。それを喉に流し込む時ほど、充実感のある瞬間はない。半人前以下の僕でも、その日は何事かを成し遂げたような気分にさせてもらえる。

そうは見られたくはないのだが、僕はどうしたって「ホワイトカラーの仕事経験しかない非力な男」に過ぎない。残念ながら、自分で自分を顧みるとそう思う。二ヶ月いても、自分では何一つ完結できないのだ。

そんな役立たずだが、どこかからケヴィンの「mother-fu……, cock……%#@&Xπγ*!!!!」が聞こえてくると、僕に何か少しでも手伝えることがあるかどうか、歩み寄っていくのだ。