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月刊ショータ

元電通コピーライター。ずっと自称コラムニスト。2003年より書いていた月イチコラム「月刊ショータ http://monthly-shota.jp 」をhatenaに転載しました。そのため、一部お見苦しい点があることをご容赦ください。

「ヒジがね、当たってますねん」

column

二年半ぶりのタイ王国アジア太平洋地域の広告祭に参加するためだったのだが、費用は自腹で行ってきた。今回は若いデザイナー二名が同行した。二人ともアジアの外国は初めてで、うち一人は三十才にして初海外。それどころか初飛行機だったらしい。

三十まで一体なにを楽しみに生きてきたのかと、僕なんかは思ってしまうのだが、まぁ今回こういう機会があって、おそらく独りでは行かなかったであろう彼に外国の空気を吸ってもらうことができてよかった。 まぁほとんどドブみたいなニオイだったけどな。

三月の日本から着いたスワンナプーム空港の夜は、一歩外に出るともの凄い湿気だ。上着を脱いで、とにかくタクシーを探す。広告祭の会場はパタヤのリゾートホテルなので、バンコクから二時間ほど走らなくてはならない。 「パッタヤ~」と、それとなくタイっぽい感じの緩~いイントネーションで目的地伝えると、運転手のおっちゃんは猛スピードで高速道路を飛ばす飛ばす。ふと横顔を見ると、牛乳瓶の底どころではない、占いの水晶玉をスライスしたような、見たこともない凸レンズをハメ込んだメガネをしていて、乗員全ては不安になった。 一直線に目的地に向かっているように見えたが、結局何度ホテル名を言っても、地図を見せても道を知らず、途中でパタヤ観光局に電話をし始め、携帯電話を受け取った僕がまたホテル名を伝え、係の人が運転手に道順を教えるという面倒な手続きをして二時間半かかった。あの猛スピードは一体なんだったのだ。

あとで知ったことだが、タイの運転手に地図を見せてもムダなのだそうだ。地図の見方なんか教育されていないから余計混乱するだけなのだそうだ。そういう常識からして全然違うのだ。 そして、記憶だけでとにかく知ってる道を行こうとするから、都市の昼間の幹線道路はやたらと渋滞する。

譲り合わないために渋滞が余計に酷くなる現象などは、タイ、インドネシアベトナムなど東南アジアに共通だ。

広告祭自体はとてもいい体験だった。世界中の広告アイデアを一望できるし、メシは三食食べられるし(参加料約十万円するんだけど)、二年前の冬(日本で言うところの冬という時期)を過ごしたインドネシア時代の同僚に会えたし、パーティー会場では日本でお世話になっている会社社長にも遭遇した。 パーティーのあと、同宿の三人で連れだって少しパタヤの街を歩いてみたのだけど、地獄だったな……。ありゃ地獄やで。ゴーゴーバーとマッサージパーラーが深夜でもギラギラしていて、女たちやオカマたちが袖を掴んでくる。ケバケバしいネオンと、毒々しい化粧と、不潔な路地から漂うドブのニオイと、ボトルを傾ける、世を捨てたリタイヤ白人の虚ろな眼。「ちょっと一杯飲んでいくかー」という気分には到底ならないんだな。

それでも、微笑みの国タイの人々はやさしい。日中であれば、手を合わせてお辞儀する挨拶や、柔らかい物腰で発する独特のイントネーションにこちらも自然に笑みを返せる。文字通り清濁併せ呑む寛濶さというか放埓さに思い浮かぶ言葉が「やさしさ」なのだ。それが世界中から旅行者を惹きつけるのだろう。

また、そこが日本人と特にウマが合う理由なような気がしないでもない。 政治デモでの衝突やクーデターという手段の激しさでもわかるように、普段穏やかな人が怒ると怖いのだが、それは日本国も同様で、アジアにおいて、欧米の植民地にされなかった国は、タイとジャパンだけだ。まぁ、敗けはしたけどよ。

僕はまだタイを深くは知らないので、ステレオタイプを通した目で見ていることは承知している。がしかし、「すべてのステレオタイプは真実である」という言説がある。 悔しいかな、そうなのである。 人はポジティブなステレオタイプには首肯して、ネガティブなものには口角泡を飛ばして「偏見だ!」などと抗議しがちなのだが、いやいや、ステレオタイプというのは経験の積み重ねから形成されているため、ほぼ真実なのだ。

余談だが、もうひとつ付け加えると、「外国語がどのように聞こえるかが、その文化自体をどう受け止めているか」を表す。米語(英語)を話す人を聞いて「カッコいいー」と思うのは、アメリカ文化をカッコいいと知覚していることで、〇〇語を聞いて「声がデカくて鬱陶しい」と感じるのは、その国をそのように感じているわけだ。 はい、好むと好まざるにかかわらず、〇〇には何が入るか、みんなわかったでしょう?

だから、我々は、勤勉で猫背ですぐに名刺を出して、シャイなくせにスケベで、争いごとをとことん回避しがちな割に小金は持っていて、世界トップの技術があって、腹立つほど細かい人間、であっていいのだ。心もアレもそない大きくないが、口とアレはメチャ固い。 これは性(さが)だから直るものでもない。

チ◯コ界のコントレックスでいこうではないか。 https://www.contrex.co.jp/docs/what/index2.html

ちなみに、インド人のステレオタイプも色々あるのだろうけど、習性として、「人との距離が異様に近い」と聞いたことがある。物理的な距離だ。話し相手にとても近付いて喋るらしい。

だから、インド人と話すと、外国人はその距離感が快適でなく、一歩下がる。すると、インド人はまた一歩踏み出す。それを繰り返して最後はコーナーに追い詰められてしまうのだ。

十数億人にそれをされ、周辺国の人々が下がりに下がった歴史の帰結として、出来上がったのがヒマラヤ山脈だと言われているとかいないとか。

タイからの帰りの飛行機で、搭乗券をもぎられたあと、通路に並んでいたら、僕の肘に背後のおっさんの出っ腹が当たっている。 「おいおい、えらい近いなぁ」と思って振り向いたらインド人だった。 席に着くと、隣りがそのデブのおっさんの連れのこれまたインド人だった。平気で肘掛を両方使って、僕のテリトリーまで腕が入っている。それどころか、僕の腕におっさんの肘がまた触れているのだ。先方はそれでも全く平気なのだ。

よほど「あのね、触れられるのは不快なんですけど」と言おうと思ったけど、先述のステレオタイプを思い出して納得した。というか、寛恕してしんぜる気分になった。諍いを好まない日本人だからね。

通路の向こうの方で、チャイナ人二名はやや迷惑そうな他人の白人を挟んで、ワーワー話していた。