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月刊ショータ

元電通コピーライター。ずっと自称コラムニスト。2003年より書いていた月イチコラム「月刊ショータ http://monthly-shota.jp 」をhatenaに転載しました。そのため、一部お見苦しい点があることをご容赦ください。

「名前を付けよう」

景気が緩やかに回復していると言われているけど、テレビや新聞が「アベノミクスの効果を感じるか」などと街頭調査をすると「感じない」が大半を占めたりする。それをメディアはうれしそうに報じる。「恩恵は富裕層だけ」とか「大企業だけ」とか、批判する声もある。

僕はマクロ経済に明るいわけではないので、アベノミクスの功罪を論じる資格はないのだけど、ひとつ言えることは、「恩恵を感じる術を持っていなければ、感じるものも感じられない」ということだ。
僕を含めて一般生活者の収入は主に労働からの給与と投資からなる。中には「あとギャンブルもある」という人もいるんだろうけど、これは景気に無関係だから措く。
少し考えればわかる通り、景気が上向いたくらいで給料が急に上がるはずはないのだ。企業経営は、今月の売上がよかったからって来月からの給料が上がるような仕組みではないはずなのだ。
一方、投資に関しては低迷していた株価の回復などによって、恩恵は感じられやすい。期待値がすぐに反映されるからだ。銀行預金の利子もゼロな中で、給与を預金するだけですぐに恩恵に浴せるわけはないのだ。すると、「投資なんかできるのは富裕層だけ」と言われるのだろうが、ミニ株(売買単位の十分の一の価格で取引できる制度のこと)だってあるし、NISA(運用益や配当に一定額免税になる制度)だって始まったし、決して富裕層にしかできないことではないのである。
カネのことを言うなら、カネのことを学ばなくてはいけない。
僕個人で言えば、そりゃ投資額がちょぼちょぼだから、何千万も資産価値が増えたりはしていないけど、小遣い程度の金額なら確かに恩恵を受けていると言える。
二〇一五年一月現在では円安だし、「海外旅行に格安で行ける」などのメリットはないので、生活者としての恩恵はそれくらいなのかもしれない。
だけど、景気は「気」だから、いついかなる時も僻み根性と被害者意識の人間には、豊かな時代など訪れはしないだろう。「経済効果は全く感じない」と言う人に、次にこう訊いてみてほしいものだ。
  • 「では、どうなれば経済施策の恩恵を感じますか?」と。
  • 「バブルの再来」とか「政府が一千万円振り込んでくれる」をはじめとした、およそ現実的ではない酒池肉林が述べられることは想像に難くない。心配せずとも、バブルはもうジャパンには来ないから。
フロスティEVという、電動バイクが発売されたそうだ。作っているのは熊本県ベンチャー企業なのだろうか、株式会社吉角というらしい。充電だけで走るから排ガスが一切出ない。価格は三六八〇〇〇円。
この情報にフェイスブックで触れたところ、コメント欄には、「高い」、「価格が……」、「十万円なら」との声が連なっていた。
えぇーっ、高いかな。ウェブサイトによると、一回の充電が約四円で、六〇キロ走れる。月に二〇回充電しても月に一〇〇円以下。日本製で、車体は一年保証とのこと。
僕のように週末しか乗らない人なら、月に一二〇〇キロも乗れませんからね。というか、年にだって乗らないくらいだ。タンク満タンに入れたら千円は越える。
ちょっと計算すれば、ガソリン車のバイクに比べたら断然安いし、熊本の社長の心意気にその値段で一役買えるんだよ。わざわざ社長の見てるフェイスブックに書き込みをしなくてはいけないくらい高いはずはない。
まぁ、その社長は社長で、フェイスブックのトップに「熊本で年収一億稼ぐ」ってわざわざ書くこともないし、どっちかと言えば、応援する気を削ぐ一言だと思うんだけど、溢れる気合いが漏れ出ちゃった愛嬌としよう。地方にありながらこういう挑戦をする人がいるというのは、僕自身も地方に住む一人として励みである。
二〇〇八年のリーマンショック以降の新聞紙面の暗かったこと、暗かったこと。「〇〇社が今期下方修正」、「再び下方修正」、「××社が人員整理」、「△△社が会社再生法適用へ」などなど。僕はあの先行きの見えない抑鬱的な見出しが並ぶ毎日を忘れてはいない。
あれに比べれば、こんな、景気などという自分でどうしようもないものが「なんかええ感じらしいで」と耳にできるだけでも恩恵だと思える。
みんなで取り組んで、景気を良くする手がひとつある。「値引きしないこと」だ。値引きを売り手に強要しないし、値引きに簡単に応じない。
クールジャパン機構の太田信之社長が著書の中で〈すぐに電卓を叩くクセをやめる〉ことを説いている。ファッションブランドでも、機械部品メーカーでも、世界にモノを売ってきた日本人は、つまるところ人がいいから、「値を下げろ」という要求にすぐに応じてきた。すると、何が起こるか。結局、海外で売られる製品の価格は下がらず、売り主が儲けて、作り手である日本人が儲けてこなかったという。
もちろん業界によって、事はそう単純でもないんだろうけど、ある意味での真理を突いていると思う。だって、値引きしてきたから、働けども働けども暮らし楽にならないのだから。日本人はどの国の人よりも働いてきたし、我々はいつの時代の日本人よりも働いているでしょう。だから、何かがおかしいと思えるでしょう。
ここなのだ。値引きをするからいけないのではないか。
現代社会のいわゆる格差問題が配分の問題であるとして、値引きを請負企業から請負企業へと強いてきた結果であろう。だから、「大企業だけ業績がいい」という批判につながる。
広い視野で見れば、というか、恥ずかしいくらいロマンチックな見方をすれば、うちだけでなく、あの会社も、その会社も、そして社会全体の売上が上がれば、景気がよくなるんちゃいますのん?
共産主義かって? ちがいます。まだこれに名前は付いていません。ここには「値引きを拒絶できるほどスペシャルな仕事をする」という自由競争があるのだ。ジャパンがとっても得意な感じの競争でしょう。
それに、資本主義は敗北しました。あの二〇〇八年の秋に死んだはずだ。アメリカ合衆国と言う自由主義信奉国家がメガバンクなどの民間企業の救済に手を入れた瞬間に。
だから、日本はこれに名前を付けられるようにがんばればいいと思うのだ。
一月なので、まぁ、そんな夢みたいなことを書きながら、大企業に勤める私は昨年も取引先にたくさん値引きをお願いしたことは正直に吐露しなくてはなるまい。本当に申し訳なかった。断腸の思いだ。
私の会社も仕事を受注する立場である体質と、あとは、私の保身だと思ってほしい。
人様に加えて自社にも損害を出した。そろそろクビやな。今日の出来事だ。
  • 僕「すみません、やってしまいました」
  • ボス「わざとか?」
  • 僕「……いいえ」
  • ボス「ほなええわ」
今年も一年、みなさまにとってよい年でありますように。
というか、なんとかかんとかやっていきましょう。やれやれ。