月刊ショータ

元電通コピーライター。ずっと自称コラムニスト。2003年より書いていた月イチコラム「月刊ショータ http://monthly-shota.jp 」をhatenaに転載しました。そのため、一部お見苦しい点があることをご容赦ください。

「ドラマはあるか」

今年の初めに、インドネシアからマレーシアはクアラルンプールを訪れた時のこと、僕は下着を現地調達するつもりで持って行かなかったので、街を歩きながらパンツと靴下を探していた。ショッピングモールで「無印良品」を見つけて、物品を見ていたのだが、パンツがどれもチャイナ製だったので買わずに、二日間履くことにした。

僕はここ数年継続的に「レス・チャイナ・キャンペーン」を好評実施中なのである。食品はもちろん、衣料品、電化製品など日々の買い物の際になるべくチャイナ製のものを買わないのだ。いくら安くてもだ。本当は一切買わずに過ごせるならそうしたいところだが、ここまでチャイナ製品に取り囲まれてしまうと、完全には避けがたい。ノー・チャイナにするのはなかなか難しいので、あくまでも「なるべく少なく」のレス・チャイナなのである。
それを続けている理由は言わずもがなであるからみなまでは言わないが、かの国の現在進行形の人権蹂躙、民族弾圧、領土領海の侵略行為に小さな小さな抵抗を個人的に示すものである。
その日はパンツは買えなかったものの、インドネシア製のシャツを見つけて買ってしまった。後日、博多でシャツを求めている際には、米国のペンドルトンというブランドがインドの綿を使ってインドネシアで縫製した製品に出会って購入。そういえば、バンコクでリーバイスのジーンズを買った時には、それがリーバイ・ストラウス・ジャパンの製品で、タイ製だったので、「日本発注のジーンズがタイで作られて、日本人に買われて日本に渡った」と知りうれしくなったものだ。
特に、インドネシアは、昨今日本との関係がより緊密になってきたことを実感できてうれしい限りだ。
経済的な結びつきを超えて、両国がより一層強い紐帯を結ばんことを願う。本当に、これまでのジャパンに対する「片思い」に、申し訳ない! という気持ちで一杯だ。
このように最近は生産国をチェックして選択的にモノを買うように注意している。注意しているというか、生産した人々や国を想像して感謝の気持ちを持って使うように心がけている。これも、ここ何年かで日本以外のアジアの国々をちょっとだけ知り、想像が容易になったからこそするようになったことである。それまでは、そういった生産国は単にラベルに印刷された文字でしかなかったように思う。
海外の友好国のみでなく、自国のこともより大切に思うようになった。今年の終わりに、一年間で買ったその他のアレコレを総括して挙げてみると、
  • ジーパン(日本製)④
  • 靴下(日本というか奈良製)④
  • ライター(フランス製)①②
  • パイプ(フランス製)①
  • 革靴(インドネシア製)②
  • モーターサイクル(日本製)①③
  • 中折れ帽(米国製)④
  • デジタルカメラ(日本製)①③
  • 古着の革ジャン(パキスタン製)④
  • ボストンバッグ(日本製)④
  • 本棚(日本製? というか近所の家具屋製)③
  • 長財布(日本製。友人の友人である職人製)④
よーけ買うとるな。個々のモノはさほど高額ではないとはいえ、自分でも怖ろしくなるわ……。
まぁ、カネは遣える分は遣えばいいか。一四〇〇兆円という現在の日本の個人金融資産は、その六割を六〇才以上の高齢者が握っていて、貯め込むだけで遣わないのが経済にとっての枷となっているというし。
だから、借金してまで遣うのは愚かだが、遣える分は遣えばいいのだ。僕らだって年を取れば「遣わない」というか「欲しい、または必要なものが少なくなる」のは必定なのだから。
買ったモノのうしろに数字をふったが、これは何かというと、それを買った理由をカテゴリー分けしたものだ。『なぜ高くても買ってしまうのか』(マイケルJ.シルバースタイン/ニール・フィスク/ジョン・ブットマン共著)という本は、人が贅沢品を買うのは、四つの感情スペースを満たすものであると論じている。
その四つとは以下のカテゴリーであるそうな。
  • ①自分を大切にする:自分の時間、肉体と精神の健康、美と若さ、ご褒美
  • ②人とのつながり:モテること、所属を表すもの
  • ③探求:学習、遊び
  • ④独特のスタイル:自己表現、自己ブランド化
  • (一部、分かりやすくするために僕なりの翻訳にしたり、省略したりしてますが)
一応、浪費を未然に防ぐために、今年の初頭に自分なりに「衣料品は、ひとつ買ったらひとつ捨てる!」と決意したつもりなのだが、どう見ても買った分の方が多い。
人にモノを売るために読む本なのに、自分がモノを買う時に自分を説得するための道具にしていたら世話ないわな。
上記の本はボストンコンサルティンググループによる分析らしいのだが、僕としては、モノを買う際の三つの基準があって、
  • それに物語(ドラマ)を感じるか
  • 作り手の応援になるか
  • 心が震えるか
  • である。
昔、大して美人でもない女性に入れ込んでいる先輩がいた。
  • 「あのコの何がそんなにいいのですか?」
  • という愚問を投げかけてみたところ、
  • 「あの女にはな、……ドラマがあるんだよ」
  • という意味不明な答えが返ってきて、消化に苦労したことがある。今でもよくはわからない。というか、わかりたくもない。
しかしまぁ、男と女もそういうことなのかな、と思う。
大きな夢を語るクズがモテるのは、なにかしらの物語を感じさせて、応援したくさせて、括約筋を震わせてくれるからなのかな。
来年もいいモノとの出合いがありますように。今年は②のモテが少なかった気がする。②としたライターも革靴も、「モテ」ではなくて「所属」で買ったものだ。逆に④の「独特のスタイル」が多過ぎて、独特過ぎる人間になってきた危惧もある。
来年こそは、②の「モテ」を増やして、もっとカツヤクできますように。