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月刊ショータ

元電通コピーライター。ずっと自称コラムニスト。2003年より書いていた月イチコラム「月刊ショータ http://monthly-shota.jp 」をhatenaに転載しました。そのため、一部お見苦しい点があることをご容赦ください。

「始まることもない恋の話」

カントリーゴールドという、カントリーミュージックの野外コンサートイベントが毎年開催されていて、今年でもう二十五周年だという。毎回、本国アメリカからカントリー歌手を招聘し、ファンに本場のカントリーを直に聴ける貴重な機会を与えている。僕は、実は初回の頃から知っていた。僕がまだ少年の頃、父親がNHK衛星で放映されていたのを観ていたのだ。

会場は熊本県阿蘇山の麓。僕はいつか行きたいと思っていたものの、そんな山奥までどうやって行くのか、これまでマジメに検討することもなかったのである。しかし、去年モーターサイクルで四国・九州を旅した際に阿蘇で一泊したため(十二年六月号ご参照)、その距離感は掴んでいた。そして、今年のカントリーゴールドは、記念すべき回ということで、Anita Cochran、Daryle Singletary、Aaron Tippinと、僕が若い頃によく聴いていた歌手たちが来日するという豪華な顔ぶれである。「これは行かなくては!」と、少年は中年になって、決意したのであった。

大阪の南港からモーターサイクルをフェリーに積んで、大分県の別府へ。夜出発して、寝ていれば朝着いていることになる。風呂も入れて便利、快適。そこから約一二〇キロ走れば、熊本県野外劇場アスペクタだ。天気が悪く、自分の雨男ぶりを呪いながら、湯布院を通り、やまなみハイウェイと呼ばれる鶸色の絶景を、寒さに震えながら抜ける。

本当はアスペクタでテント泊を予定して、キャンプ道具一式をバイクに積んで来ていたのだが、会場スタッフに「今夜は風雨がキツいかもしれないから」と勧められ、近くのライダーズハウスに素泊まりすることにした。一泊千円。 カワサキニンジャ六五〇で日本一周しているという若者と同室になり、なんだか嬉しくなり、一緒に隣りの銭湯に行ったり、二袋持って来ていたチキンラーメンを分け合って食べたりした。

翌カントリーゴールド当日。午前中からお客がステージ前の原っぱに集まり出し、シートを敷いたり椅子を用意したりして思い思いに開催を待っている。雨は結局、ここでは降らず、風も吹かず、ステージの向こうには阿蘇の山々が広がり、日本とは思えないような情景である。過去二十五回のうち、天気に関しては二十四勝一敗だという。脅威の成績だ。僕なんか、テント張ったり、モーターサイクルで遠出する時は必ずと言っていいほど雨に降られるのに。勝敗を数える気にもならない。

このカントリーイベントがいかに素晴らしかったかを、ここで述べることも可能だが、きっと多くの方がうちの主人(=妻)のような反応をすることが目に見えているので、あとは推して知るべしとさせてもらう。

労働者階級の心意気を長年歌ってきた筋骨隆々のAaron Tippinがトリを務めた頃には、僕はテンション上がって最前列で叫んでいた。その曲を後日、主人に聴かせると、「ギターのフレーズ、古っ!」の一言で片付けられた。そんなもんです……。

いずれのアーティストの演奏も心から楽しめた。特にAnita Cochranは、二番目の出番だったというのに、すでにアンコールの声が上がり、数曲を追加演奏した。 彼女は、シンガー/ソングライター/ギタリスト/プロデューサーという音楽的才能に恵まれた人で、しかも典型的サザンベル(南部美人)というオマケつき。生まれはミシガン州だそうだけど。スティーブ・ウォリナーという同じくギターの達人でもある男性歌手とのデュエット曲で、全米カントリーチャート第一位を獲得したこともある。

以下は、そのデュエット曲の歌詞。コンサートではスティーブがいないので、「ソングライターズ・バージョンで」ということで一人で歌っていた。それでも、充分感動的な歌であった。 「長年友達でいた男と女が、それぞれカノジョとカレがいて、その関係がうまくいっていない、もしくは別れたところである。二人は想い合っているけれどそれに気付かず、友人関係を壊して一歩を踏み出すかどうか逡巡している」というシチュエーションを歌っているものである。歌の世界ではよくある状況ではあるけれど、改めて歌詞を見ると、切ない内容とか韻の踏み方が見事で、名曲であることがよくわかる。

  • "What If I Said" written by Anita Cochran

まず、題名が仮定法ですので、仮定法の復習から始めましょう。 If I was(were) a bird, I would fly away. もし僕が鳥ならば、飛び去るのに、ですね。 If のあとに過去形が来て、そのあとをwouldやcouldで受けると、「(現実は違うけど)もし○○だったなら、××する(できる)のに」となるわけです。

ちなみに、 If I go, I want you to come with me. (もし僕が行くなら、君にも一緒に来てほしい) こういう文は仮定法ではありません。行くことは充分あり得ることで、仮定法はあり得ないシチュエーションの時に用いるからです。僕が鳥であることはあり得ないのです。

では、中身を見ていきましょう。

  • 1)
  • We've been friends for a long long time
  • You tell me your secrets and I'll tell you mine
  • She's left you all alone
  • And you feel like no one cares
  • But I have never failed you
  • I've always been there

現在完了形の「継続(ずっと〜している)」で始まっています。We are friendsではなく、for〜の期間ずっと友達なので、We have been friendsです。 She has left you all aloneも現在完了です。この場合は「結果(〜してしまった)」でしょうか。その他、現在完了形には「経験(〜したことがある)」「完了(〜したところだ)」という四つの意味で使われます。

  • 私たちは長い間ずっと友達
  • お互いの秘密を打ち明け合うような関係
  • 彼女はあなたのもとを去って
  • あなたはひとりぼっちの気分
  • でも私はあなたを裏切ったことはないわ
  • いつでもそこにいるわ
  • 2)
  • You tell your story
  • It sounds a bit like mine
  • It's the same old situation
  • That happens every time
  • Can't we see it oh maybe you and me
  • Is what's meant to be
  • Do we disagree

A sounds like Bで「AはBのように聞こえる」です。lookやfeelなどでも同様。

a bitで「少し」。a littleと同じです。その程度がより大きいなら、a kind of(しばしばa kindaと表記される)で「なんだか」。somewhatで、「いくらか」。a lotなら「たくさん=とても」です。「まったくそのもの」ならexactlyでしょうか。

the same old というのは「ずっと変わらない、相変わらずの」という意味です。 What's meant be というのは、学校では習わない表現だと思いますが、be meant to be xxで「xxになる運命である、xxになることになっている」という慣用句です。 be supposed to be xxも近いですが、もっと強い、運命付けられたという意味合いです。 たとえば、we are meant to be togetherで「僕たちは一緒になる運命なのだ」ということになります。

  • 君は君の話をする
  • ちょっと僕の話に似てるね
  • 昔からよくある毎度の話さ
  • なぁどうだろう もしかしたら僕たち二人
  • 運命なんじゃないだろうか
  • そうは思わないかな
  • 3)
  • What if I told you what if I said that I love you
  • How would you feel what would you think
  • What would we do
  • Do we dare to cross that line between your heart and mine
  • Or would I lose a friend or find a love that would never end
  • What if I said

What ifについて説明する必要がありました。 「もし○○したら?」「もし○○だったら?」ということです。日常会話でもよく使われます。What if it rains? (雨が降ったら?)、What if she doesn't show up? (もし彼女が来なかったら?)、という感じです。 ここではwhat ifが仮定法で使われていますので、How WOULD you feel? What WOULD you do? など、必ずwouldが続いているのです。

dare to xxで、「わざわざxxする、あえてxxする、勇気を出してxxする」ということです( ただし否定文/疑問文ではdareのあとのtoは略されることもある)。

  • もしあなたに話したら もし愛してるって言ったなら
  • あなたはどう感じるだろう 君はなにを思うだろう 私たちはどうするだろう
  • あなたと私の心の間にある一線を越えるつもりがあるのだろうか
  • もしくは私は友達を失うのだろうか
  • それか 終わらない愛を見つけるのだろうか
  • もし言ったなら
  • 4)
  • She doesn't love you oh it's' plain to see
  • I can read between the lines of what you're telling me
  • He doesn't hold you the way a woman should be held
  • How long can I go on keeping these feelings to myself

it is plain to seeのplainは「明白な」です。it's easy to seeと同じです。plainは、たとえばベイグルの種類とかでもなんにも味が付いてないものは「プレーン」と表記されますね。「明白な」以外にも「普通の」「無地の」「飾りのない」という意味があります。 read between the ilnes はそのまんまです。不思議なことに、日本語の「行間を読む」は英語でもread between the lines なのですね。

この歌で僕が一番好きな部分が次の歌詞です。 He doesn't hold you the way a woman should be held 直訳すると、「彼は君のことを、『女性が抱かれるべき方法で』抱いていない」となります。「抱かれるべき方法」がどんなのか、僕のような未熟者には未だにわからないのですが、それはまた今後の研究課題とさせていただきます。わかったらすぐに報告します!

keep xx to myselfで、「xxを僕の中に留める」です。それが二人になる場合、keep xx to ourselvesでもいいのでしょうが、keep xx between usの方が「二人の間の秘密」な感じが出る気がします。 秘密の話をしたあとなんかに"Hey, let's keep it just between us." と言うと、なにかワクワクしますね。

とにかく、この部分のスティーブ・ウォリナーのややかすれた歌声が、切実さと男のいじらしさをとてもよく伝えてくるのです(CDの時ね)。

  • 彼女はあなたを愛してなんかいない
  • それは明らかよ
  • あなたが話すことの行間くらい読めるもの
  • 彼は君のことをちゃんと扱っていないじゃないか
  • 僕はこの気持ちをいつまで心に留めたままにすればいいのだろう
  • 5)
  • What if I told you what if I said that I love you
  • How would you feel what would you think
  • What would we do
  • Do we dare to cross that line between your heart and mine
  • Or would I lose a friend or find a love that would never end
  • What if I said

3)の繰り返し

  • 6)
  • Oh we've both had our share of lonliness
  • So who's to say that we can't have a little happiness
  • And if I found that in you
  • It would make my dreams come true
  • Or would you walk away
  • Hear what I have to say

ここでも仮定法です。 if I found that in youのあとは、やはりwouldです。 find A in Bで「AをBに見つける」ですが、see A in Bでも同じです。「あんな男のどこがいいんだ!」なんて場合(よくありますね)、"I don't know what she sees in him!"なんて言います。

  • 私たちお互いそれぞれの孤独を感じてきた
  • 私たちがささやかな幸せさえ持てないなんて 誰が言えるというの
  • もしも僕がそれを君の中に見たなら
  • 夢が叶うかもしれない
  • もしくは君は去るだろうか
  • 私の言うことを聞いて
  • What if I told you what if I said that I love you
  • How would you feel what would you think
  • What would we do
  • Do we dare to cross that line between your heart and mine
  • I've always wondered from the day we met
  • What if I said
  • What if I said
  • What if I said

  • もしあなたに話したら もし愛してるって言ったなら
  • あなたはどう感じるだろう 君はなにを思うだろう 私たちはどうするだろう
  • あなたとわたしの心の間にある一線を越えるつもりがあるのだろうか
  • 僕はいつも思ってたんだ 出会ったその日からずっと
  • 言ったらどうなるだろうと
  • もし言ったなら
  • もし言ったなら

さて、ロマンチックなこのデュエット曲ですが、聴く者はこの二人が勇気を出して告白し合い、一緒になることを願わずにいられません。「スティーブ・ウォリナーだって、一回くらいアニタを抱いてもいいんじゃねえか!?」と思えるほどです。 ところが、冒頭にご説明した通り、この歌詞は「仮定法」なのです。つまり、「現実にはあり得ないこと」を歌っているのです。 この二人は、きっと「言わない」のです。だから、言わないまま、一緒になることはないまま、この恋は終わる、というか始まることもなく消えていくのです。というのが、僕の解釈です。 哀しい歌です。信じられません。こんな哀しい歌、わざわざ歌うなよ! とすら思えます。しかし、恋というものは、この世というものは、かほどに哀しいものなのです。

それを知る大人の心に、カントリーは今宵も沁み入ってくるのです。ちょっとは好きになってきましたか?