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月刊ショータ

元電通コピーライター。ずっと自称コラムニスト。2003年より書いていた月イチコラム「月刊ショータ http://monthly-shota.jp 」をhatenaに転載しました。そのため、一部お見苦しい点があることをご容赦ください。

「Giを忘れるべからず in Jakarta」

column
  • ①「そろそろサクラの季節だろ? 日本人はどうしてそんなにサクラが好きなんだ?」
  • ②「サクラの下でパーティするというのは本当なのか?」
  • ③「クライアントが『モダンジャパニーズなデザインに』っていうんだけど、モダンジャパニーズってなんなんだ?」

その他、

  • 「日本のオフィスはどんな感じなんだ?」
  • 「東京と大阪はどう違うんだ?」
  • 「日本にも渋滞はあるのか?」などなど。

僕は先年の末からおよそ一〇〇日に渡ってインドネシアジャカルタで働いてきた。正確に言うと、約三ヶ月半、インドネシア人の仲間たちと席を並べて仕事したのち、一旦帰国して、翌週また戻って五日間働いて、先週帰ってきた。今は自宅でこれを書いている。 彼らと一緒に時間を過ごしていると、実に色々な日本に関する質問をしてくる。うれしいことだ。それだけ興味を持ってくれているのだ。

アメリカにいた頃は問いかけられた質問などほとんどない。

  • 「日本の女性はオ○○コが横向きについてるってのは本当か?」くらいのものだ。

これは、日本がアメリカにとっていかに辺境で神秘的でエキゾチックかを表す、よく知られたジョークである。アレが横向きについているくらい、「見たこともない、変わった、不思議な人たち」ということだ。

「国際的になるには、まず自国のことをよく知らなければいけない」、換言すれば、「インターナショナルであるためには、ナショナリスティックでなければならない」ということが今回の経験からもわかる。インターナショナルとは、ナショナル(国家)がインター(交差)するところに生まれる態様なのであって、自国のこともよくわかっていない、英語だけ上手な無国籍人になど外国人は誰も興味を持ってくれない。しかも、海外に出れば知識層は難なく英語を話す。 だから、「日本人にしては英語うまいね」だけど、 「で?」 となってしまうのだ。

そんなわけで、僕も日本人や日本の文化について、己の理解が浅いことを痛感しながらも、一生懸命答えてきた。いや、答えようとしてきたつもりである。

  • ①のサクラについて。
  • 「桜は満開の時期は一週間程度しかない。一年待って、すぐに散ってしまう。日本人はそこに生と死を見るから、美しいと思うのだね。生まれて死ぬ、友は来て友は去る。そういうこと。年度も四月に始まるから、出会いと分かれの季節に重なるわけだ」
  • ②花見について。
  • 「僕はしないが、ハナミといって、桜の下にシート敷いてお酒を飲む人たちもいる。まぁ、パブリック・イントキシケーション(公衆の面前での酩酊=海外では違法な場合が多い)の口実だな」

蘊蓄は色々あれど、基本形として最低限は答えられたのかな。

  • ③のモダンジャパニーズには困った。僕はライターであってデザイナーではないので、それが何を指しているのかすらわからないのだ。早速、山やモーターサイクル仲間の大谷さん(仮名)と後輩のアートディレクターにメールを送り、資料を送ってもらった。大量に入手した、モダンジャパニーズなアーティスト、プロダクト、ブランドなどを見つつ、気付いたことはこのようなことだった。

「ジャパニーズの芸術は、季節を表現することではないだろうか。季節それぞれの美を表現するために、その季節を表す花や木や生き物を用いている。桜なら春、朝顔なら夏、コオロギなら秋、ミカンなら冬、とモノが示す季節というものがある」 俳句の季語もそういうことだったのだ。今まで考えたこともなかったので、今更気付いて恥ずかしい限りだ。音楽カルチャーの中でも、森山直太朗や桑田圭祐ら日本を意識して作詞しているアーティストたちは、常に季節と人の心情を重ね合わせて、日本人の心を揺さぶる歌を作っている。

僕なりに導き出した答えを資料とともに、質問者に伝えて、逆に質問してみた。

  • インドネシアには季節はいくつあるんだい?」
  • 「二つ。雨季か乾季か」
  • ……そっか。そりゃなかなか「モダンジャパニーズ」の理解は難しいわな。

インドネシアの人たちは、日本のことを実によく知っていて驚かされる。中でも一番驚嘆させられたのは、一緒にツーリングをしたルミ(先月号ご参照)からの問いだった。

  • 「ジン、ギ、レイ、チ、シンとはどういうことだ?」
  • 「へ?」

音だけ聞いても、それが「仁・義・礼・智・信」を意味しているとは瞬時にはわからなかったのだ。理解すると同時に感心して、答える前に訊きたくなった。

  • 「ルミ、君はなんでそんなこと知っているんだ?」
  • 「昔、カラテの先生が『この五つについて毎日考えるように』と言っていたんだ」

だけど、先生はそれがどういう意味なのかは教えてくれなかったらしくて、ルミは「どういう意味の言葉なのか」と思い続けてきた。おいおい、先生! 肝心なとこ教えてないやん! ルミもルミだ。よーそんな言葉を音だけ十数年も覚えてきたね。

僕は僕なりにその五つを英単語に訳して伝えた。すると彼は、「サムライ・アティテュード(心構え)だね」と解釈した。まぁ、そういうことにしておいた。ウソではないし。 だってそうだろう? 儒教の教えだと言ったって、孔子の時代と今の国家としてのチャイナとには、文化的な断絶があるわけで。特に、現在進行形で民族浄化、他文化破壊を行なう彼の国のどこに「礼」があるというのだ。情報統制言論弾圧の中で「智」などあるものか。あ、いかんいかん、おかしな方向に……。

僕は僕なりに、その五常を心に置いて生きているつもりだ。インドネシアの人たちにもちゃんとそれを見せなくてはいけない。仕事ぶりもさることながら、彼らは人間としての日本人をよく見ている。僕個人から日本人全体を判断されることになるので、責任は重々感じながら振る舞わなくてはいけない。

先述のように、一〇〇日間のプロジェクト期間を終えて、一旦帰国ののち、翌週またジャカルタに行ってきた。 もう全部会社にバレてしまったし、時効だから告白する(時効、みじかっ)が、実はこの二度目は、自腹で行ったのだ。 携わっていたコマーシャルフィルムの撮影直前に帰国せざるを得なかったのだが、せめて編集作業には関わりたくて、飛行機と宿を自分で手配した。個人的にも重要な仕事であったということもあるが、掻い摘んで言うと、撮影前の打合せでクライアントである銀行の方と、意見が対立して激論を交わしてきたのだ。対立したのは利害ではない、クリエーティブに関する意見だ。 だから、あれだけ自分の意見を主張しておいて(広告界の常として、結局クライアントの意見が通ったのだが……)、制作は知らん顔では済まないと感じたのだった。

休暇ということにして(日本でのダメ社員は休みが取りやすい!)、日本のごく一部の知人には「非番の刑事が張り込みするようなもんだ」と言い残し、ジャカルタのルミには「How much "Gi" I have(オレがどれほどの義を持ち合わせているか)」を見せに行くぞと伝えて、カッコつけてみた。 自分の主人(=妻)も、これを読んで初めて知ることだ。航空券と宿泊費で約二十万円かかったが、会社員の僕にはポンと出せる金額ではない。だけど、これはまさに「義」の問題だった。 義は、ルミには「Obligation」と訳したのだが、「しなくてはいけないことをすること」だと補足しておいた。反意語は「利」。僕の再出張にGOを出してくれなかった会社は利を選んだのだ。これは仕方ないと思っている。会社というのは利を追求する機関だからだ。 しかし、人にとって義は利の先に立つ、ということを僕はインドネシア人の仲間たちに見せなくてはいけなかった。彼らはとても喜んでくれたし、「クレイジーだ」と笑ってくれた。これでいいのだ。 インドネシア人は、日本人を「勤勉で、優秀で、スケベで、クレイジー」だと思っている。日本のAV女優がよく知られているのだ。……すべて褒め言葉ではないか。

僕も彼らに様々な質問をぶつけ、インドネシアという国や、イスラム教という宗教について多くを教わってきた。 そして、酔ったある晩、ふと思ってルミに尋ねてみた。

  • 「なぁ、もしも、生まれ変わるチャンスがあるなら、次はどの国に生まれたい?」

ルミは即答だった。

  • 「お前の国だよ!」

なに言ってやがる、当たり前じゃんかよ、というような口調だった。

別の晩に、別の二名にも訊いてみた。その日初対面の人たちだったから(けど)僕を気遣っての答えではないことは保証する。

  • 「アジアの中なら、断然日本」
  • 「日本だね」

衝撃でしたね、僕には。 デンマークとかドイツとかカナダとか、良さそうな国が他にもいろいろあるじゃんかよ。カナダ以外行ったことないけどさ。ブラジルとかアルメニアとか、スケベそうな国もたくさんあるじゃんかよ。知らんけど。 それでも、この世界には「日本に、日本人に生まれたい」と思っている人たちがいるのだ。君たちが思ってるほど優秀じゃないよ。君たちの方が彫り深いよ。君たちの社会の方が成長性あるよ。 「いや、ジャパンもだね、難しい問題を抱えててさ……」だなんて説明しようと試みたけど、高齢化とか人口減少とかシケた話したってしょーがないから止めた。突き詰めれば所詮カネの話じゃねえか。利の話だ。 義なら、この国にもまだ幾許か残存していると、僕は信じているし、このアジアに日本が日本として在ることはほとんど奇蹟のようなことだとも確信するに至った。ホントに、英語も下手クソなのにこの国はよーここまでやってきたよ。

そして、日本への憧憬と敬意を持つインドネシアのような国と、五常を胸に末永く友好を深めていくべきだと思うのだ。

そんなわけで、今週また、行くよ。

あ、今度は呼び戻されてちゃんと出張。