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月刊ショータ

元電通コピーライター。ずっと自称コラムニスト。2003年より書いていた月イチコラム「月刊ショータ http://monthly-shota.jp 」をhatenaに転載しました。そのため、一部お見苦しい点があることをご容赦ください。

「僕のすべてを懸けて」

column

浜田省吾のことについて書こうか、グラビアアイドルについて書こうかと、ハマショー聴きながら散々考えていたら、想いが溢れそうになってきたので、ここはハマショーにします。すみません。聴きながら考える時点でフェアじゃないと思うんだけど。

本当は、ハマショーを語る上では、僕は知識不足だし、経験不足なんだけど(たった十数年のファン暦なもので、ずっと先輩がたくさんいらっしゃいます)そういうのは一旦置いておいて、僕の想いだけで書ける気がするのでここまま行きます。

恐らくほとんどの読者の方が付いて来られないことはわかっております。今回は付いて来られる方だけ付いて来て下さい(というか、毎回そうじゃんか)。

なにせね、今月、生まれて初めて浜田省吾のコンサートツアーに行ったのです。ファンを十数年やってて、初めて生のハマショー、=ナマショーを観たのです。だからこれを機に書いておこうと思うのです。誰も喜びゃしませんが。

浜田省吾尾崎豊長渕剛は、「モテない三大アーティスト」ではなかろうかと勝手に思う。正確に表記すると「聴いてるヤツはモテないであろう三大アーティスト」である。

  • コンパの席で音楽の話をしたとして、
  • 女「普段どんな音楽聴いてるの?」
  • 男「えー、長渕とか」
  • 女「……とか?」
  • 男「えー、尾崎とか」
  • 女「……あとは?」
  • 男「ハマショー」
  • 女「ん、うーん……あ、ジンバックおかわり」

という全く盛り上がらない会話が目に浮かぶ。

確かに僕は、尾崎ファン、長渕ファンは苦手だよ、申し訳ないけど。ああいう自己陶酔なところがちょっと無理なのだよ。すまん、わかり合えなくて。 しかし、浜田省吾ファンとして、逃げも隠れもせず、一点の曇りもなく、君たちと同じようにモテない青春時代を過ごしたものだよ。だから、ここはひとつチャラにしようじゃないか。 なんの会話やねん。誰に話してんねん。

僕が浜田省吾に心酔している理由の筆頭として、「歌以外は見せようとしない」という一貫した姿勢にある。 テレビに出ない。演技や執筆といった他の表現活動をしない。そもそも、なぜ人に物笑いのタネにされようとも、サングラスを外さないのか。井上陽水や杉山清隆といった、他にも盲目や義眼でもないのにサングラスをしたアーティストが何人かいたわけだけど、ここまで徹底的に素顔を見せない人はいない。それは「歌を書き、歌いたいだけであって、プライバシーを侵害されてまでキャーキャー言われたくはない」からではないのか。 世の中を見回してみて下さい。歌も演技も満足にできないのに、キャーキャー言われたいだけの人ばかりではないのか、この国は。

僕と浜田省吾というアーティスト、というか浜田省吾の歌との出会いは、僕が米国で大学を卒業して帰国した直後の一九九九年だったかと思う。そう、出会いとしてはだいぶ遅いのだ。

本当は九二年にヒットしたトレンディードラマ『愛という名のもとに』の主題歌として『悲しみは雪のように』が起用された時には、毎週接触していたはずなのだ。 しかし、当時高校生の僕にはなぜかそこまでは響かなかったようだし、その時点ですでに「浜田省吾は過去の人」という感覚すらあったと思う。おじさんらが聴く昔の歌手みたいな。だって、浜田省吾さんがデビューしたのは一九七五年(愛奴というバンドで。翌年にソロ転向)。それは僕が生まれた年だ。 自己弁護されてもらえるなら、そりゃ十七才にハマショーをわかれという方が無理というものだ。お前はまだ肩に積もる雪のような悲しみを知らないだろう、と当時の自分に言いたい。

初めて聴いたCDは『さよならゲーム』という曲のシングルである。友人がレンタルビデオ屋でバイトをしていて、深夜に遊びにいくとCDやビデオをタダで貸してくれたのだ。その頃僕は、いわゆるバンド音楽に興味を失っていて(グレイ全盛の頃か)、一曲一曲自分で作って歌う職人的シンガーソングライターを聴きたい気分だった。 斉藤和義を聴き出したのもこの頃だし、佐野元春槇原敬之も少し聴いた。そして、友人が勧めたのか自分で興味を持ったのか忘れたが、浜田省吾の八センチシングル、『さよならゲーム』を手にした。 しかし、僕が打たれたのは表題曲ではなくカップリング曲の『あれから二人』であった。 泣いたなぁ。

  • この想いがどこに辿り着くのか
  • 今はまだわからないけど
  • 重ねた唇のその柔らかな温もり感じてる
  • いつも放課後君が教科書をかかえて
  • グラウンド歩く姿
  • 遠くから見送ってた
  • 校舎の窓にもたれて 十六の夏
  • あれから二人 別々の夢追いかけ 都会(まち)を彷徨い
  • あれから二人 別々の愛失い 今夜いたわるようにふれあう

高校時代に好きだったコに、彼が「浜田省吾」になってから再会して(二番の「おれのレコードを聴いたことがあると からかうように話す君の~」という歌詞でわかる)、再び恋に落ちてしまう物語である。もちろんフィクションだと思う。浜田省吾さんは若くして結婚している。デビューアルバムにボブ・ディラン風に写っている二人が、彼とのちの奥様であるという。

男ってのは夢見がちなバカ野郎だから、高校時代に好きだったコというのは永遠に偶像なのである。今でも変わらず可憐で清廉で、かわいらしいあの頃のままなのである。でなくてはならないのである。万が一同窓会で再会したら、普通のおばちゃんになっているかもしれない。いや、客観的にはなっていたとしても、オレの主観的な目にはそうは映らないのだ。

二番のサビはこうだ。

  • 駅のホームで君を見たとき夢中で追いかけた
  • 思い出話途切れるころには気付いた
  • 今でも君が好きだと

ホームっていうのは正確な英語で言うと「プラットフォーム」のことだけど(先月号ご参照)、今はそんな話してる場合じゃねえ! 夢中で追いかけるんだ!

  • 君が駆け抜けた日々の 痛みも喜びも
  • 感じる君の肌から 君の吐息から

再会して、結局勢い余って抱いてしまうんだな、これが。思わずヤッちゃうんだよ。 どうかと思うよ。でもな、もしこんな奇跡の夜が人生に一度でも起こるのなら、明日死んでも構わないと思いはしないかい? 起こってないから、僕はこうしてまだ元気に生きてるよ。

  • 傷つくことも 失うことも覚悟の上で恋に落ちる
  • 裏切ることも 奪い取ることも 恐れず
  • 今夜いたわるように ふれあう

なるほど、二人ともそれぞれの生活があるのだ。それを捨てることも厭わず、後先も考えずに恋してしまう気持ちがお前にわかるか!? って、うちの主人(=妻)にはわからないと思うので、今回のコラムも読ませないでおこう。

とにかくこの一曲で、僕は浜田省吾という繊細な男心を歌うアーティストを知り、以降は全てのアルバムを買って聴いている。 なお、この『あれから二人』が収録されている『青空の扉』といアルバムは、ポップなラブソングが多い傑作である。浜田省吾さん自身がお気に入りの一枚として選び、「困ったことに、あまりにこれが気に入ったために、次のアルバムまですごく時間がかかった」と言っている。引退すら考えたという。

「そんなに言うならハマショーを聴いてみよう」という方には、ベスト版も数多く出されてはいますが、僕はこのアルバムをオススメします。レイザーラモンRGのネタでしか知らない方は、ちゃんと知っておきましょう。男の嗜みとして、な。 あの野茂英雄さんだって、ドジャースタジアムで登板する直前にはロッカールームでイヤフォンをして、ハマショーを聴いていたという。

「彼氏と別れたばかりで強がる意中の女性と、海までドライブしたり、どこか陽気な店に誘ったり、手を握ったりしたいけど、なにもせずに帰る」なぜなら「明日も友達で会えるから」という切ない歌。『彼女はブルー』。これもアルバム『青空の扉』に収録されています。 わかるよー、ハマショー! オレもそういうタイプだよー!フラれて会えなくなるくらいなら、明日も友達でいいよー! チキンだよ、どうしようもねえチキン野郎さ!

「ハタチの娘と高校前の息子がいるのに、ふらっと家を飛び出しちゃってそのまま五年間帰っていない父親」の話。『花火』という、アルバム『My First Love』に収録された曲。これもどうかと思うよ。いい年こいて、家出すんなよ。 でも、わかるよー! ハマショー! このまま自分の人生には、なんにも新しいことなんか起こらない気がして、前途洋々な息子たちが目の前にいて、これでいいのか、これがオレが人生に望んだものなのか一瞬迷ったがために、答えを求めて五年間も帰宅できない男。そんな愚か者も「男」なんだよー!

僕は誰かのコンサートに行く時には大抵あてもなくチケットを二枚買っておく。「誰か一緒に行くやろ」と高をくくっているわけだが、自分で思うよりも友達がいなくて、しょっちゅう一枚無駄にしてしまったりする。

しかし、先日の浜田省吾コンサートは、初めから一枚のチケットしか用意しなかった。それはなぜか。

泣いてしまうかもしれないからだ。

初めての生ハマショー。大阪城ホールは満員だ。 結論から言うと、……泣いたさ。 『愛のかけひき』という歌で。ハマショーの深くてやさしい声で。

「ああ愛してた 僕のすべて懸けて」という言葉に、なんだか泣けてしまった。人のことを好きであることが一大事で、自分のものでもないのに、そのコに会えるというだけでうれしくて学校に行っていたあの頃を思い出してしまったんだな。初めて聴いた曲だったのに。 好きな人にとって値する人間になりたい一心で、僕は、いや誰しも、ここまで生きてきたのではないだろうか。それでも、思う通り行かないのが恋愛で、その無力感を知っている者の心に、浜田省吾の声はそっと沁み入ってくる。

サビのメロディーはソロデビュー曲の『路地裏の少年』に似ている気がした。 家に帰って歌詞を確認。

  • いつも君を見てた キャンパスの芝生の上で
  • あの日話しかけた 黄昏の駅への道で
  • 窓を打つ激しい雨 白いホテル せつない胸
  • ああ愛してた 僕のすべてを賭けて

……『あれから二人』と大体同じやんか。終わった恋愛かこれから始まりそうな恋愛かという設定の違いはあるが。なんかこのあたりに僕の琴線に触れるマジックワードが隠されているらしい。 モテなかった学生時代がよほど深々としたトラウマなのだろう。

しかし、そんな男心は、うちの主人(=妻)はおよそ理解しようとしない。浜田省吾の歌を僕が口ずさむと、

  • 「次歌ったらノド突くで」

と、アブドーラ・ザ・ブッチャー世代の妻は、地獄突きの構えで僕を睨む。

僕は浜田省吾コンサートの日、仕事を終えた妻とフランス料理屋で食事の約束をしていた。コンサートが思いの外長くて、アンコールまで含め三時間半に及んだ。予約の時間にあまりにも大きく遅れてしまうので、僕はアンコール曲の途中で席を立ち、鳴り響くハマショーの歌声をバックに駅までの道を急いだ。 一旦、妻にメールを入れておく。

  • 「ちょっと遅れるわ。ハマショーは三時間半も歌ったよ」

すぐに返信が来る。

  • 「ハマショー鬱陶しいやつやなー。先、ビール飲むで」

僕はこういう人と一緒に暮らしている……。 僕のすべてを懸けて。

(了)