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月刊ショータ

元電通コピーライター。ずっと自称コラムニスト。2003年より書いていた月イチコラム「月刊ショータ http://monthly-shota.jp 」をhatenaに転載しました。そのため、一部お見苦しい点があることをご容赦ください。

「アメリカのなんやねん(前篇)」

日曜日。僕は朝からホットドッグとベイグルを食べて、午後からモーターサイクルに跨がり、クリント・イーストウッドの映画を観に行き、帰りにウェイトトレーニングをして、夜帰ってきた。 あとは、午前中に教会に行って、庭の芝生を刈れば、ほぼ完全なアメリカ人の週末の過ごし方になってしまう。ちょっと孤独ではあるが、かなりアメリカンだ。

好きと嫌いにかかわらず、アメリカという国はもはや避けがたくこの国の、いや、世界中の文化に浸透している。その事実は周知であろう。 今日もナイキを履いて歩いたでしょう? エイバークロンビー・アンド・フィッチ(いわゆるアバクロ)とか着たでしょう? 「ゴシップガール」とか「デスパレートな妻たち」とかのアメドラを観たでしょう? メジャーリーグの試合を観たでしょう(たとえ日本人選手目当てだったとしても)? マクドナルドを食べたでしょう?

それくらい「衣食遊」に完全な浸透を許しているのである。いや、そういう言い方は良くない。それくらい当たり前に僕らはアメリカを楽しんでいるし、様々なカッコいいモノ、便利なモノ、頑丈なモノを享受して、生活を豊かなものにしているのである。 社会経済学的には弊害もあるのだろうけど、一旦無視。だって、僕は以前にも書いたように反アメリカ国家で、親アメリカ国民(文化)だから。

で、今回、僕が言いたいのは……、

  • 「ではなぜ、『アメリカの心』を聴かないのですか!?」
  • ということだ。

ごめんなさい、カントリーミュージックの話です。興味ない人は読まなくていいですが、せっかくここまで読んだ方はできれば、お時間許すなら、最後までお読みください。五分で終わるんで。アンケートだけ答えてくれたらいいので。素敵なプレゼントがありますので……。いや、ないけど。ほぼ路上のキャッチ行為みたいになってきた。

僕は聴き分けられるのだが、僕らは普通に暮らしながらカントリーを耳にしている。KFCや、スーパーや、テレビ番組のBGMでたまに流れているのである。だから、先入観がなければそれを聴いても「古くさい」とも「泥くさい」とも思わないし、自然に聴き流しているのである。 だから、日本のレコード会社はカントリーは「カントリーと言わずに」売ることにした。 「カントリーは売れない」というジンクスが長らく存在していて、それを覆そうと少数の方々が努力をしたものの、このジンクスは尼さんの股のように堅いのである(アメリカ的比喩)。実際に打ち破ることができていないのである。

僕の父親は生前、九〇年代に日本カントリーミュージック協会というものを立ち上げ、およそ十年間に渡り普及活動に取り組んでいた。だから、まぁこうやって息子の僕がちょいちょいカントリーを話題にするのは、しなくてはいけない行為、義務というか、語られざる遺言のようなものとお考えください。

カントリーと知らずに聴けるものであるとすれば、どうせなら、カントリーと知って聴いてもらいたいものである。それは、誰のケツの穴かわからずに突っ込むようなものだからである(アメリカ的比喩その二)。

カントリーの歴史的な背景とか音楽的な蘊蓄を語り出すと面倒なことになるので、ここではよくあるひとつの設問にだけ触れておこう。

  • 「カントリーって、アメリカの演歌でしょ?」

これに対する答えは難しい。YESであり、NOである、としか言いようがないのだ。だってそれは、「ハンバーガーって、アメリカの寿司でしょ?」という質問と同じなわけである。なんて答えたらいい? そう言ってしまえばそうなんだけど、明らかにそうは認めたくない感じでしょ。

どうです? めっちゃ認めたくないでしょう。

カントリーというのは、それを聴かないアメリカ人からすると、「女にフラレて酒を飲む歌ばっか」と思われている。確かに、そういうウェットな要素は多い。そこが演歌ではあるのだ。熱燗はウィスキーに、船はピックアップトラックに、置き換え可能かもしれない。 しかし、だからと言って、音楽的に何か共通項があるのかというと、僕にはそうは思えない。音楽のことはわからんが、どうなんだろう。たぶんない。

基本的に、現代カントリーは、もはやロックでありポップ(最近はなんていうんだ? 昔はトップフォーティーで通じたけど、ビルボード用語だわな)である。 エレキギターエレキベース、ドラム、アコースティックギターにヴォーカル、という普通のバンド編成に、フィドルと呼ばれるヴァイオリンとスティールギターが加わると、ぐっとカントリーらしくなる。そんだけ。 バンジョーとか、マンドリンとかは必ずしも入らない。それらはブルーグラスという、またちょっと(重なり合いながらも)違うジャンルになっていくのだ。

まぁ、なにがカントリーかというのはアメリカでも論争があるくらいだから(ポップ化に対してトラデショナルなファンや業界人が反発している。但し、ここ数十年も……)、措いておこう。実際に一流のアーティストを紹介するのがカントリーを知る最良の方法だ。

しかも、マニアックにならないよう留意して、とってもメジャーな三人のみご紹介させていただく。

前にも紹介しましたね(二〇〇七年七月号ご参照)。その時はこう書きました: ガース・ブルックスというのは、全世界で一億一五〇〇万枚以上のセールスを記録している、現存する伝説のカントリー歌手である。九〇年代に、単なるアメリカの田舎音楽であったカントリーを全米的な人気へと押し上げた功労者であり、プレスリーやエルトン・ジョンマイケル・ジャクソンらと比肩して、その名を音楽界の歴史に刻むべきミュージシャンである。(中略) ちなみに、彼は若くして音楽業界から「引退」を表明し、現在はオクラホマ州に住み、チャリティ活動に専念しているそうだ。

そうなんです。わかりやすいように数字で補足すると、RIAA(The Recording Industry Association of America)によると、アメリカでの売上枚数でトップのアーティストというのは下記の通りである。

http://www.riaa.com/goldandplatinumdata.php?table=tblTopArt

マーケットが世界中になると順位は変わるが、殊アメリカについてはまぁ頷けるリストである。錚々たる面子が並んでいることがよくわかる。 こういう言い方もできる。「カントリーというのは『BG/AG』しかないのだ」。ビフォー・ガース、アフター・ガースである。

良くも悪くも、「女にフラレて酒を飲む歌ばっか」だったカントリーにおける「歌うべきこと」や「コンサートのあり方」を、永遠に変えてしまった人なのである。 たとえば、ドメスティック・ヴァイオレンスというテーマをカントリーとして初めて取り上げた(「The Thunder Rolls」)。暴力夫を妻が射殺する示唆があったため、ミュージックビデオがテレビでは放送禁止になったりした。 飢餓や言論の自由、人種の平等にまで言及した歌もある(「We Shall Be Free」)。それも説教くさくない見事なノリで。それまでカントリーは白人至上主義スレスレの音楽ジャンルだったわけで、そういうテーマを扱うのはタブーにも近かったのである。

コンサートがまた素晴らしい。僕も死ぬまでに一度ガースのライブを観てみたいと思っていた。ギターを叩き壊したり、喚きながら走り回ったりといったカントリーからは逸脱したパフォーマンスが本国では語り種であったりするのだが、そこは本質ではない。

では、なにか。どんなに伝説的なシンガーになっても、お客と握手して回り、一緒に写真に収まり、最後は投げ入れられたり手渡されたりする花束を山ほど抱えてステージを去る姿である。最前列の観客など、ガースのカウボーイブーツにしがみついている。アイルランドで行なったコンサートでは大観衆の腕に支えられて、大の字に空を仰いで彼らの頭上をぐるりと一周フロートする様子(大玉転がしの要領)が記録されている。ほとんど奇跡を見ているようだった。

どんなに巨大なドーム会場であっても、最後尾のお客からどう見えているのか確認するために、リハ中にそこまで行って見てみる、とインタビューで語っている。チケットも、誰でも来やすいように二十五ドル以下に設定するようにしていたという。

僕は先日ガース・ブルックスのライブDVDボックスを購入したのだが、一日で二枚観て、恥ずかしながら二回泣いたね。

それに比べて、日本のアーティストは、コンサートの様子は、どうだろう? やたらセキュリティにばかりうるさくて、客との距離が遠くて、カメラすら持ち込めなくて(アメリカではあり得ない。まぁ携帯カメラやプライバシーの問題で最近は撮影禁止も形骸化しているようだが)、そのくせチケットは高くないだろうか? 売れたら急に取り巻きばかりが増えて、値打ちコクことばかりに腐心してはいまいか。 ファンサービスで頭が下がるのは桑田圭祐さんくらいだ。

  • 「ガース・ブルックスって、アメリカの桑田圭祐でしょ?」

この比喩は僕には全く語弊ないように思える。

「If Tomorrow Never Comes」とか「Unanswered Prayers」といった美しいバラードも紹介したいし、訳の意味もお教えしたいのが、紙幅の関係でこのへんで。 ご興味ある方はこちら: http://www.garthbrooks.com/

うわぁ! 長くなり過ぎたので続きは次回。あかん、僕以外誰も興味ないのになんぼでも話せるっ。

(つづく)