月刊ショータ

元電通コピーライター。ずっと自称コラムニスト。著書『広告業界という無法地帯へ ダイジョーブか、みんな?』、『カウボーイ・サマー 8000エイカーの仕事場で』

「ターカーシくん、あーそーぼっ」

恥を忍んで、生涯二度目の泌尿器科体験をしてきた。前回は、原因不明の「玉痛」で来院したが、それは今でも原因不明のままである。そのあたりのことは、以前に書いたので〇五年十二月号をご参照されたし。
さて、今回であるが、ここのところ仕事も結構忙しかったのに、加えて引越が重なり、ヒドイ生活を続けていた。毎日、夜に帰宅してから荷造りで、寝るのは明け方みたいな繰り返しが何日も続いていた。それにしても、家にあるものを全て空っぽにするというのは、本当に骨の折れる作業で、やることなんかいくらでもある。こんなところにこんなものが! という邂逅が度重なってしばし黄昏てしまったり、ヤバイものをこの機会に廃棄したり、とは言え、最後にもう一回観ておこうか、みたいな感じで作業は遅々として進まない。
いつ終わるか知れない荷造りに肉体的にも精神的にも疲れ、その疲労が沈殿するが如く、オシッコが毎回濃い。濃いなぁーと、思っていたら、なんだか排尿時にオ○ンチンがヒリヒリするではないか。
それが段々ひどくなり、オシッコする度に顔をしかめるほどの鈍痛が襲うようになってきた。しかも、残尿感がひどく、オシッコが終わった気がしない。これは不思議な感覚である。健康な人には理解できない不快感だと思う。オシッコが終わっても、いつまでもオシッコがしたいのである。で、いざすると痛い。
なんだこれは? オシッコが濃いだけでこのヒリヒリはおかしい、というわけで泌尿器科に行ってみた次第である。
泌尿器科で問診表を記入すると、まずは有無を言わさず尿検査。いつも思うのだが、あの紙コップが小さいので、オシッコが多い時だと、途中で「おりゃっ!」と止めて、その間にコップを除け、そして続きの排尿をすることになる。
「女性はオシッコを途中で止めることができない」というまことしやかな都市伝説は一体真実なのだろうか。だとすれば、検尿の時はどうしているのだろうか。知っている方からのタレコミを待つとしよう。
医者は愛想のないおっさんである。この人は何を思って泌尿器科医を選択したのだろう。世の中にはもちろん必要だが、わざわざ泌尿器科とか肛門科を選ぶ人の理由というのも、気にならなくもない。
僕が大学生だった時に、心理学の教授がこんな話をしていた。
「内科医がパーティなんかで誰かと知り合うと、『そうですか、ドクターなんですか。いや実はね、うちの家内が最近体がダルいって言うんですけどね……』などという相談が持ち上がったりする。でも、それが精神科医だと『うちのダンナが最近、神の声が聞こえるとか言うんです』という話には発展しない」
同じように、泌尿器科医には「いやー、先週からチンポが……」とはならないだろう。肛門科医などというピンポイントなジャンル担当には、どうしたらいいのだろう。
「そうですかぁ、肛門ですか。まぁ、一口に肛門と言っても色んな肛門がありますからねぇ」などと、肛門トークにひとしきり華が咲くとも思えない。
僕の泌尿器科医が訊いてくる。
尿道や膀胱に炎症がある場合、性病の可能性があります。そういう心当たりはありますか?」
それはない。断じてない。奥さんに病気があるのならいざ知らず、それ以外でやましい事実はない。
だから、僕ははっきりそう伝えた。
「前立腺の検査をしますので、そこに寝てください」
「前立腺の検査」と聞いて、勘のいいワタシにはわかったが、何の知識もない人はあとでビックリすることだろう。要するに、肛門に指を入れられ、触診されるのだ。前立腺というのは、男性の肛門の奥のすぐ上に位置している。精子を作る役割があるらしい。
医者はゴム手袋をハメハメして、看護婦がローションジェルのチューブを絞る。
「はい、パンツ下ろして、膝を抱えて」
つまり、半分マングリ返されたような状態にもっていかれるわけだ。「マングリ返し」がわからない人は、ネットで調べてみよう。グーグルが世界の知を結集させて教えてくれるはずだ。
そして、「ブスッ!」。指でウリウリしてくる。
「これ痛い?」と訊く。
痛い、というか、痛みの中にもほのかな快感の予兆があり、それでいて甘酸っぱいひと夏の体験のデジャブというか、身体を預けた安心感と、征服された陵辱感がない交ぜとなったような……。
僕は感じたままを伝えた。
ウソである。
痛いも痛くないも、とにかくおっさんの指が太いんだよ! 全くデリカシーの感じられないサイズなのだ。肛門に刺さっているだけなのに、内臓全体が押し上げられたような圧迫感。
「イ、イダイトイウカ、ギボヂワドゥイデズ」
僕はこう言うのがやっとだった。だって気持ち悪いじゃん。
触診が終わって、パンツを履くと、医師が言った。
「まぁ、おそらく尿道炎、前立腺炎なんだけど、一応クラミジアの検査もしておきますので、来週また来てください」
「そういう心当たりはない」て言うてるのに、信用ないんだなぁ。
まぁ、恥ずかしくて正直に言わない男もいるでしょうから、仕方ないか。
一週間後、今回は玉痛の時と違い、一応診断結果は出た。
慢性前立腺炎。ただし、これは、僕が五十代や六十代だったら、「前立腺肥大」と診断されるところ、若いのでその名称は当たらず、そういう場合は十把一絡げに「慢性前立腺炎」なんだそうな。
そんなおっさん病を告げられ、ガッカリである。カッコ悪ぅ。
クラミジアは陰性とのこと。その時、医者が言った。
「うん、遊びに行ってないんだもんねぇ」
「???」
遊びに行ってない? 最近僕が仕事と引越で忙しくて、ろくに遊んでない話なんかしたっけ? それを気遣ってUSJの入場券でもくれるのだろうか?
いや、考えてみたら、これは、「風俗には行ってないんだもんねぇ。性病はなかったよ」という意味だ。
「遊びに行く」。この隠語がとっさに分からなかった僕はまだまだ甘ちゃんのようだ。
遊び好き。遊び上手。遊び放題。よく働き、よく遊ぶ、など色々あるが、活用は、遊ばない、遊びます、遊ぶ、遊ぶ時、遊べば、遊べ。
古語でいうと、ベベブベレベロベロ。
この、最後の「ベロベロ」あたりが、江戸時代の妓楼(娼家)との連関を意味し、「遊ぶ」=「性風俗店に行く」に至った、という薀蓄を是非覚えておこう。
真に受けないでね。活用間違ってるし。
(了)