月刊ショータ

元電通コピーライター。ずっと自称コラムニスト。著書『広告業界という無法地帯へ ダイジョーブか、みんな?』、『カウボーイ・サマー 8000エイカーの仕事場で』

「心にサムライを飼っている」

先日、地球環境をテーマにしたテレビ番組を観ていたら、あるコメンテイターの言葉に印象に残るものがあった。曰く「肥え太った人間たちが、このまま太り続けていられるように働きかけているのが現代の人間の姿だ」。
その通りである。地球温暖化が深刻化しようと、石油があとウン十年で費えると言われていようと、今手にある便利さを諦めるつもりはさらさらない。
僕だって、自動車に乗るのをやめれば地球環境にはより貢献できるのに、その気はない。代わりに環境への影響が少ない低排出ガス自動車を選び、それを運転するに留めている。タバコをやめれば、僕が発する煙はもっと減るが、これもまたやめるつもりはない。せめて「MILD」を吸うだけだ。地球には無害な男ではないが、マイルドな男を目指している。
そんなわけで、肥え太ることにかけては先輩にあたる、肥満大国アメリカに視察旅行に行ってきた。それを新婚旅行と呼ぶ人もいる。
ハワイで三泊した後に、本土ではケンタッキー州で四泊。昼間ならTシャツで過ごせるワイキキ周辺で陽光を大いに楽しんだ後、ダウンとフリースで防寒してアメリカ中南部に行った。とにかく、新妻とメシばかり食べていたように思う……。
ケンタッキーには僕の友人のロブという男がいて、元々は彼の大学卒業に合わせて日程を組んだのだ。僕がその大学を卒業したのが一九九八年。現在三〇才の僕が二十三才の頃のことである。当時、僕とロブは同じ大学寮に住んでいたのだが、僕の卒業式の後に涙のお別れをしてから七年間、……彼はまだ大学に在籍している。
正確には、彼は継続的に大学にい続けているわけでは、つまり、落第し続けているわけではない。途中に休学期間を挟んで、やっとこの度、卒業を迎えるというので、そのメデタイ日を共に祝うべく、予定を組んだのだ。
彼は、自費で学費と生活費を払いながら生活していたなかなかの苦労人である。アメリカ人らしく、両親は離婚していて、彼は自分の父親を知らない。幼少時代は母親と引越しを繰り返したため、故郷と呼べるような土地や、幼なじみと言える友人を持たない。母親は、IT関係に勤める裕福な男性と再婚したのだが、ロブにお金を送ってくれることはなく、彼が愛憎入り混じる感情を母親に対して持っていることは間違いない。
以前に母親から送られてきた荷物に、彼が収集しているフィギュアだのといったジャンクばかりが入っていて、ロブは僕に「な? オレが必要なのは現金なんだけどな」と諦念をたたえた眼をして呟いた。
そういう僕の親友が三〇才にして卒業するのだから、ケンタッキーだろうが、アラスカだろうが駆けつけないわけにはいかない。僕はそういう使命感すら感じて、この日を楽しみにしていた。ところが、旅行のひと月前くらいに、彼からメールが届いた。
「実質的には修了するのだが、もう一学期必要」らしい。
ん? どういうこと?
「学課は修了するのだが、セミナーがどうの……」とか「指導教官の勘違いで……」とか、色々複雑な事情や学校の規定を教えてくれたけど、事実は「今学期には卒業できない」ということであった。
アメリカ人らしく、自分の非は認めないのだ。
とはいえ、こちとら予定は変えられないし、「卒業しないなら行かないっ」という親友もないだろう、ということで、少々ご立腹の我が花嫁をなだめて、遥々ロブのところへ。
以下、ロブと食ったもの:
  • ボスニア料理レストランにて、特大ピザ。
  • アメリカ南部料理のレストランチェーンにて、ハムステーキと、野菜をクタクタに煮た特大の料理。
  • 町一番の高級レストランで、特大のスパゲッティ。
  • 別のボスニア料理店にて、発音すらできない、チュパなんとかいう特大ハンバーガーもどき。
  • 特大のエスプレッソ。
  • メキシコ料理店にて、特大のエンチラーダ。
別に特大を注文しているわけではなく、僕らにとっては、なにもかもが特大サイズなのだ。旅行中、九時頃に朝食をバフェ(食べ放題)で摂るから、昼は二時くらいまで腹がすかない。「ちょっといけるかな?」と思ったら、特大のランチを食べる。で、また腹が減らないから、夕食は九時頃になる。
こういう繰り返しだ。アメリカでは普通なのだろう。だから、ロブの身体は普通に特大サイズだ。僕と出会った頃は、ずっとスリムで、ちょっとリッキー・マーティン似だったのでよくモテた。しかし、今では二〇キロくらい増量して、ヒゲはボーボー、頭は薄くなり始めている。
「なんでこんなに食うねん」と、ロブやアメリカ人全員に尋ねたい。
ハンバーガーを注文するのも、銀行で金を下ろすのも、自動車から降りさえせずに済ますアメリカ人が、どうしてそんなにカロリーを摂取する必要があるのだろう。そんなに大きくなって、一体何になるのだろう。「ボクね、大きくなったら野球選手になるんだ」の、大きくなったらを真に受けたのだろうか。
タバコについてはあんなに過敏で、なにもかもが健康至上主義と美容第一主義で凝り固まった国なのに、おいおい、カロリー過多がもたらす肥満の方がよっぽどアメリカ国民の寿命を縮めているのではないのかい!? アメリカ本土に行ったことのある人なら、ご存知でしょうが、アメリカンデブはものすごいのだ。チャーシューの塊に手足を生やしたようなのが実際にいるのだ。我が国の少々のデブくらい全く気にならなくなる。アメリカに家族旅行した時には、ジャパニーズ小デブのうちのおかんがあまりにかわいらしく見えて抱きしめたくなった。
アメリカ人の成人の六十四パーセントが体重過多もしくは肥満といわれている(National Health and Nutrition Examination Survey 1999-2000)。この調査結果報告書の前書きには、「体重過多や肥満は、遺伝性や代謝性、習慣性、環境上、文化的、そして社会経済的な影響による多くの要素が因をなしている」とある。
これまたアメリカらしく、遺伝や代謝の問題、つまり病気のせいにしているフシがあるが、僕に言わせれば「お前ら、単に食いすぎなんじゃい!」ということだ。
キリスト教では、「暴食」は七つの大罪のひとつにはっきり含まれている(※註)。
立ち返って、日本人はアメリカ人ほど肥え太ってはいないが、肥満に起因する成人病の増加傾向などが問題にされているところを見ると、やっぱり食いすぎは否めない。人間、必要以上のカロリーは、当たり前だが、必要ないのだ。僕のようなサラリーマンが、スポーツ選手や肉体労働従事者のようなカロリー摂取は必要としていない。
まして、伸び盛りでもない。あらゆる意味で。
霜降りの肉とか、大トロとか、フォアグラとかをありがたがって食べているようなおっさんやおばはんを見たり、芸能人が大騒ぎして「どっちがうまいか」みたいなことをやっているテレビ番組を見ると、僕が心の中に飼っているサムライが、「おのれら〜!」と、刃をカチャリとさせる。
しかしながら、視察旅行の直後に正月がやって来たので、そのサムライもちょっぴりお腹が出てきた。三〇才になったし。
青春時代、終わりそうやし。
(了)
※註釈:暴食の他の七つの大罪は、傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、色欲である。もはや、アメリカ人は、その七つを集めると願い事が叶うなどと、勘違いしているのではないだろうか?