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月刊ショータ

元電通コピーライター。ずっと自称コラムニスト。2003年より書いていた月イチコラム「月刊ショータ http://monthly-shota.jp 」をhatenaに転載しました。そのため、一部お見苦しい点があることをご容赦ください。

「シンジケートを一網打尽」

大阪地下鉄の御堂筋線に座っていた時のこと。電車が淀屋橋駅に入ると、僕の前に立つ人が携帯電話を使い出した。駅の周辺のみは電波が入るから、その瞬間を待っていたのだろう。
「おう、ワシや。……高槻で待っとけぃ」
プツッ。
たったそれだけ。
僕はなんなんだと思ってその人の顔を見上げてみたら、ちんけなヤクザみたいな五十過ぎのおっさんだった。
電車が動き出し、淀屋橋駅から梅田駅に向かう間、僕は「高槻で待つのはいいけど、電車乗り換えてまだ三十分くらいかかるぞ。えらい待たすなぁ」などと考えていた。それから、電車が梅田駅にさしかかると、おっさんは再び携帯電話を取り出した。
「……慎重にいけよ」
プツッ。
一言のみ。
おいおい、一体これからなにをしでかそうってんだ! 高槻くんだりで、慎重にいかなきゃいけない用事ってのはなんなんだ。気になる。気になり過ぎる。これはオレの刑事(デカ)としての勘だ。
梅田で電車を降りたその被疑者Aに続き、オレは数段おいて階段を上がった。尾行の際は相手の背中は凝視しない。背中は視線を感じてしまうことがあるから、なるべく相手の足元を見るようにする。
刑事の基本だ。
地下鉄からJR大阪駅に移動し、うまいこと新快速に乗れた。被疑者Aはまたもや車内で携帯電話を使い何事かを話してしたが、距離を開けていたので会話は聞き取れない。しかも、やはり一方的に一言二言告げては電話を切っている。
それとなく観察してみると、紺のコートに臙脂色のマフラーを垂らし、指にはでっかい金の指輪が輝いている。メガネも金縁だ。ネクタイはどこで売っているのかわからないが、おっさんがよくしている種類のもの。ペイズリーとでもいうのだろうか。よく見ると、首筋に火傷だか裂傷だかの痕がケロイド状に残っている。益々堅気には見えない。
顔色から察するに、なんとアルコールが少々入っているようだ。人に「慎重にいけよ」と指図しておいて、自分は酒を飲んでいる。いいのか、そんなんで? 高槻には大一番が待っているのではないのか。銃器の闇取引か、身代金の受け渡しか、集団窃盗かわからないが、とにかくヤバイ橋を渡ろうとしているそんな時に。
そうこうしている内に高槻駅に到着してしまい、オレは被疑者Aがドアの方へ向かったことを確認してからジリジリと移動する。改札が近づくにつれ百戦錬磨のオレも心臓が昂ぶる。大捕り物を予感して刑事(デカ)としての神経が鋭敏になっていくのがわかる。改札出たらすぐに銃撃戦なんてこともありうるのでは。署に応援を要請した方がいいのか。
駅構内を抜けると、いきなり被疑者Aが立ち止まった。思わずオレも歩を止めてしまったが、彼は何かを凝視している。その視線の先に目をやると、一台の車が車道の隅でハザードを焚いている。一味なのか、敵なのか。オレは初めて自分が丸腰なのを思い出して後悔した。
しかし、よく見るとその車は、異様な動きをしている。車道に斜めに頭を突き出すかたちで前後に行ったり来たりしているではないか。被疑者Aがツカツカと車に寄っていったからどうやら仲間の一人らしい。
まずい! 逃げられる……。被疑者Aが車の窓をノックした。
「おう、ワシやで。だから縦列駐車は慎重にやれ言うたろー」
おっさんはカミさんが運転する車で帰っていった……。
オレは二月の寒風に吹かれ、その場に立ち尽くした。
ウソである。途中からは創作である。
オレの刑事(デカ)としての勘は「尾行しろ!」と告げていたが、サラリーマンのボクとしてはそんなヒマないので真っ直ぐ家に帰ったのだ。とても気になったが仕方ない。翌日も朝から仕事があるのだ。
「慎重にやれよ」と言えば、一年半に渡って隠し続けていた、僕がバイクに乗っているという事実がとうとうおかんにバレた。
出張で実家にいた時のこと、仕事の電話がかかってきて、僕は話していた。傍らでは、おかんが携帯メールに集中している様子で、ポチポチとボタンをいじっていた。
電話の相手に
「明日の土曜日はどうやって打ち合わせに来る?」
と訊かれ、無防備だった僕は、
「あぁ、バイクで行きますんで、そこで落ち合いましょう」
などと言ってしまった。
すると、おかんがメールから視線を上げもせずに静かに言った。
「あんた、バイクなんか乗ってるの?」
しまったー! と思ったが、時すでに遅し。僕は電話を切ってから、おかんの様子を窺った。まだメールしている。取り立ててどうこう言う雰囲気でもなさそうだ。だから、あわよくばそのまま放って、それには触れないまま流そうかとも思ったくらいだ。
しかし、僕はひとつ息を吸い込むと、腹をくくって切り出した。
「実はバイク乗ってるんだ」
「いつから? どんなの?」
と、案の定立て続けに訊いてくるおかん。
「一年半くらいかな」
僕は次の質問の答えは一瞬考えた。どんなバイクか説明するにも、車種を言ったところで、どうせおかんにゃあわかるめえ。できることなら、国産中型ながらドデカイ、アメリカンバイクだとは言いたくない。おかんの頭の中でなんとなくかわいいやつを、できれば「ちょっと近所にお買い物」みたいな華奢なものを曖昧に想像しておいてもらいたい。
そして、考えた末に僕の答えはこうだ。
「四〇〇の黒いやつ」
きっとおかんは四〇〇と言われたってなにがどうだかわからないだろう。ミッシェルガンエレファントの曲で「♪四〇〇の黒いやつでー」という歌詞があるから、咄嗟に出てきてしまったが、おかんはその曲もまさか知るまい。
「ふーん……」
なにが「ふーん」じゃ。なんかわかったんかい!
まぁ、ともかく僕が心配したほどとやかく言われることなく、その場は切り抜けることができたのだ。
僕が背中にかいた汗は神様しか知らない。
(了)