月刊ショータ

元電通コピーライター。ずっと自称コラムニスト。著書『広告業界という無法地帯へ ダイジョーブか、みんな?』、『カウボーイ・サマー 8000エイカーの仕事場で』

「初めての欧州は隅っこから」(続き)

前回、「旅の目的は二つあって、一つは写真をとること」と書いた。
そして、もう一つが「サグレス岬を見てくること」。サグレスというのは、ポルトガルの西南の角っこに位置する最果ての地である。
そこに行きたかったのだ。ちょっと沢木耕太郎の『深夜特急』に影響された。この本は、沢木氏が香港からロンドンまで乗り合いバスで横断した時の模様を描いた大長編で、日本のバックパッカーたちにとってはバイブルと化している作品である。
延々旅を続けて、終焉のきっかけを失ってしまった沢木氏が、ポルトガルに辿り着き、サグレスに向かう。そこで海を眺めて、「地の果てまで来たなぁ」という事実を受け入れ、「そろそろ終わりにしよう」と決心する場所なのである。
なお、ユーラシア「最西端」というのはロカ岬という別の場所である。
宮本輝の作品でもおなじみの「ここに地果て、海始まる」というルイス・デ・カモンエスの詩の一節が、そこの塔に刻まれているという。
僕はそこには行かなかったが、観光案内所で「最西端到達証明書」まで発行してくれる観光地になっているそうだ。
対して、サグレスは西南の端で、昔は世界初の航海学校が設置されていた場所で、要塞の跡が今でも残っている。その荒涼とした印象がなぜだか僕を惹きつけた。
首都リスボンから、長距離バスで五時間。なにものにも遮られずに突き刺さる太陽のせいで目がうまく開けられない。窓側に座っていたので左腕ばかり日焼けしてしまった。
バスを降りると、地元のおばちゃんたちがお出迎えしてくれた。
「えらい歓待だな」と、思っていると、なにやらワーワー話しかけてくる。半英語、半ポルトガル語みたいな感じで、言ってることはよくわからないのだが、聞き取れた単語から推測するに「にーちゃん、宿は決まってるん? うちなら一泊二十ユーロでシャワーも付いてんで!」ということらしい。
見るからに外国人の旅人に対して、大阪弁で話しかけるおばはんみたいなものだ。「あー、宿は予約してあるんです。ありがとう」と、英語とこの魅力溢れるとっておきのジャパニーズ・スマイルでなんとかおばちゃんたちを振り切って宿を目指す。
僕が泊まったのは、ポウザーダといって国営の宿泊施設である。
料金は、おばちゃんたちの宿より七倍ほどするが、正直その価値はあったように思う。
窓からは海が望め、右手の陸からサグレス岬が弧を描いて突き出して伸びている。蒼よりも蒼い海、青よりも青い空! 目を凝らせば、アフリカ大陸まで見えるのではないかと思ったが、それは叶わなかった。
しかし、どれだけ眺めても不思議と飽きない景色だった。サグレス岬より六キロほど北西行ったところにサン・ヴィンセンテ岬という断崖があって、夕日を眺めるならそこの方がいいと思って、僕は宿を後にした。レンタルサイクルで行ってみる。
しかし、その自転車がヒドかった。体裁はマウンテンバイクだが、「こんなんでよく金取るな……」というボロい代物で、出発して十メートルでチェーンが外れた。さらに、ペダルに力を加えると「ガコッ!」と空回りしてバランスが崩れる。
行く手を見れば、地平線の彼方まで道は続いている。車道の他は乾いた土と、低い植物が広がる荒野の中、僕は仕方がないから「ガコッ! ……ガコッ!」と、ヨタつきながらとにかく目的地を目指して進んだ。
僕の横をヨーロッパ人たちは、プジョールノートヨタを猛スピードで駆って通り過ぎていく。
「タクシーにしておけばよかった」と少々後悔しながらも、ひたすら漕ぐ。そして、漕ぐ。
いい加減お尻も痛くなった、およそ一時間後にサン・ヴィンセンテに到着。そこの燈台を拝んで、写真を撮って、夕陽を待つつもりが……、
「ちょっと待て。ここで陽が暮れたら、帰りは真っ暗じゃないか。あの六キロを暗闇ではムリだぞ。プジョーに轢き殺されて終わりだ」と思い直して、そこを退散。
大冒険を終えて宿に帰り着くと、ズボンにカモメの糞が付着していた。
「うっ!」とショックを受けた。なにせズボンはこれしかないのだ。
「まぁそれもワイルドでいいか……」とも思ったが、一応手洗いして外に干してその日は就寝。朝には乾いている寸法だ。
……だった。
早朝から一気に気温の上がる大阪ならいざ知らず、ポルトガルは朝晩は結構ひんやりしている。ズボンは全く乾いてなかった。このままでは朝食に出ることすらできないので、とにかく部屋のドライヤーをボーボー吹き付けて乾かす。
しばらくがんばって生乾きになったズボンを履いてみたところ、僕はう○ちがしたくなった。ストレスのない健康的な日々を過ごしていたので、生理現象は規則正しくやってくる。
事が済んでみると、日本での習慣でウォシュレットがほしくなる。
高級ホテルでも、ヨーロッパには普及していないのだ。しかし、僕の肛門はウォシュレットの噴射に慣れきっていて、紙のゴシゴシに耐えられるほどの強靭さはもはや失われている。
ふと見ると、隣にはかの有名な「ビデ」がましましているじゃないか。
日本がウォシュレットなら、ヨーロッパはビデというものを発明した。女性のアソコを洗浄するための、便座のない小型便器みたいなものである。
「一緒じゃ、一緒じゃい」というわけで、僕はビデに跨りレバーを上げる。
勢いのない水でジョボジョボと一応目的を達成して、止めようとしたところ、操作を誤って逆に水が勢いよく飛び出してきた!
「あー!!」
水は、立ち上がりかけた僕の股を抜けて、今乾かしたばかりのズボンの上に着地した。
僕はビデの上で頭を抱えて、しばし打ちひしがれたのだった。
いやぁー、このように、なかなか優雅なヨーロピアン・リゾートであった。
(了)