月刊ショータ

元電通コピーライター。ずっと自称コラムニスト。著書『広告業界という無法地帯へ ダイジョーブか、みんな?』、『カウボーイ・サマー 8000エイカーの仕事場で』

「こんな僕は、時として」

バイクの六ヶ月点検のお知らせが来た。早いもので、ライダーショータが誕生してから半年である。そして、おかんには今でも内緒である。
バイクで休日出勤していた時に、おかんから携帯電話がかかってきた。
「会社にいるの? え、今日はどうやって来たの?」と訊かれ、
「バ……、クルマで」
この会話が最大の危機であったように思う。
僕が殊更この事実を隠す理由は二つある。一つはよくある親の言い分として、「危ない」などと、どーせやいやい言われるのが煩わしい。そりゃ、安全度は自動車よりも低いかも知れんが、男は孤独な旅人である。
いや、理由になってないが、とにかく男はブィーンと走るものが好きなのだ。気が済むまで好きにさせてくれ。
もう一つの理由が、「またお金遣ってー!」とガミガミ言われることが目に見えているからだ。ここはひとつ売春婦兼女子高生の方々に学んで「だって〜、うちら〜、誰にも迷惑かけてないしー」と反論したいところだ。
しかしながら、我家には親がそう言いたくもなるような、倹約のロールモデルがいるのだ。
僕より一足先に三十才になったうちの兄だ。
この人の存在がために、僕にはその批判が避けがたいものになっている。
兄弟でどれほど違うか、一例をご紹介しよう。
今回、僕はこのコラムを実家で書いている。今年は年末年始の休みが九日間あるから、ちょっと多めの七万円を引き出して実家に帰って来た。
たった今、テレビを観ていた兄貴を捕まえて、財布の中身を問うてみたところ、七千円という答えだった。「あるとレコードとか買っちゃうから」とのこと。僕は「レコードくらい買っちゃえばいいじゃん」と言った。
偶然にも、兄弟の違いを如実に物語った会話だった。
ちなみに、CDではなく「レコード」というのは、兄が十八年くらい冷凍保存されていて、つい先日、この平成の世に解凍されたわけではない。
音楽をやっていて、その筋の人々は好んでレコードを買うのだ。僕は詳しくないが、なんでもハードコアというジャンルで、騒音としか思えないようなギターの爆音とドラムの打撃音に怒鳴り声をかぶせたような、素人にゃあ理解の及ばないアンダーグラウンド音楽で、なぜか未だにレコードの音質が好まれる場合が往々にしてある。
兄は大学の頃よりバンドをやっていて、今では仕事をしながらインディーズのレコードレーベルまで運営している。
実家に住んでいるから、お金はほとんどスタジオ代、交通費、たまの外食代くらいしかかからない。酒はゼロ、たばこはなし、ギャンブルはノー、カノジョは僕が知る限りいない。多分バンドには、むさくるしい男の固定ファンが全国に少々……。
いつも、どこぞのバンドの名前が入った、首ヨレヨレのTシャツを着ている。今日は寒いので、パーカーだったが、上下ともユニクロだった。
僕がバイクなら、兄は三万円で買った自転車を漕いで、練馬の家から新宿だろうが銀座だろうが出かけてしまう。
大阪の僕のところまで遊びに来るのに所持金三千円で来てしまう。
歯ブラシも持たずにやって来て、僕の買い置き分を使う。翌日分のシャツもなく、また着るつもりだったらしいが、「思ったより汗をかいてしまった」と、これは買うハメに。店で店員に勧められた二つのシャツを睨んでいたので、僕が「こっちじゃん?」と言ったそのとたん、「んじゃ、こっち」とこだわりは全くなし。
森永卓郎の『年収300万円を生き抜く経済学』が愛読書で、しきりに僕に勧めてきた。
それでも、貯金は僕の倍以上持っている(絶対年収三百万ではない!)。
早口な僕と対照的に、ゆっくり喋る朴訥な青年である。質問に対して、よく「なんて言うのかな」とか「口では説明できない」とか言う。
そのくせ、口癖が「はっきり言って」だからわけがわからない。
「はっきり言って、……あのー、なんて言うの?」
知らんがな! ちっともはっきり言わないのだ。
レコードレーベルを持って、海外のバンドから提供された曲を集めてCDを販売するくらいだから、その行動力には実際感服してしまう。英語も話せないのに、海外のライブ情報をどこからか入手しては、ロンドンやニューヨークやオランダなんかに一人旅を敢行してしまう。
旅行前にうちのおやじが、
「英語は大丈夫なのか。『タクシーを呼んでください』って言えるか?」
とテストしてみた。
兄貴はすかさず、
「コール・ミー・タクシー」
と答えた。
僕の兄は、タクシーなんだそうだ。
僕だって、セール時期を狙って買い物したり、掘出し物をうまいこと発見することには幾許かの自負があるつもりなのだ。世の常識に照らし合わせれば、全く人並みな消費量だと思う。
それなのに、こんな、ある意味ラオウな兄者が君臨しているがために、トキとして僕は困るのだ。
うまいこと言うてもうた……(『北斗の拳』参照)。
(了)