月刊ショータ

元電通コピーライター。ずっと自称コラムニスト。著書『広告業界という無法地帯へ ダイジョーブか、みんな?』、『カウボーイ・サマー 8000エイカーの仕事場で』

「ナイショで荒野へ」

二十七才にして、土日に平日よりも早起きして教習所へ通い自動二輪免許を取得。そして、入ったばかりのボーナスを擲って、四〇〇ccのモータサイクルを購入。
準備は整った。ブーツを履き、サングラスをして、シートに跨る。
これからショータは、荒野に旅立つ。
おかんにナイショで。
正しく育った息子の悲しいところで、事故や怪我も怖いが、おかんも怖い。免許を見せたら、うちのおかんはなんと言うだろうか……。どうせ「あぶないからやめなさい」とか「車持ってるじゃない!」とか言うだろう。
おまけに、「証明写真の目つきが悪い」とか、そんなことにまで文句を付けてきそうだ。
まぁ、おかんからしてみれば、おしめの中にう○こしてた、あのショーちゃんが漆黒の鉄馬に乗って荒野に旅立つなんて、とんでもないことなんだろう。「ちゃんと温かくしていきなさいよ」などと言って男のロマンを粉々にしかねない。
ハードボイルドと最も遠いところにある存在、それが、O・K・A・N、「おかん」だ。
僕と弟の間では共通した認識があり、「服を買ってきて、おかんが『またこんなの買ってー!』と文句を付けるモノは合格」なのだ。ただしうちのアニキのセンスは僕らもよーわからんから、僕と弟を含めた三人から「またこんなの買って!」と言われる。これはどうかと思う。
話題が脇道に逸れるが、うちのアニキに関して言わせていただければ、僕の住む大阪まで遊びに来るのに、所持金二千円で来るのはカンベンしてくれ。それから、毎回歯ブラシも持たずに来て、僕の買い置き分を使うのもなんとかしてくれ。
とにかく、世の男性にとって、おかんというのはこの上なく恥ずかしい存在で、誰しも何度となく恥ずかしい思いをさせられているものなのだ。
我家の三兄弟もことごとく、被害に遭っている。
近所のコンビニで立ち読みしている時におかんが入ってきて、店の奥の方から「ショータ! まだうち牛乳あったけー?」と訊いてくる。こんなところで実名で呼ぶのもやめてほしいし、我家の牛乳事情を公のものとしないでほしい。
焼き鳥を買うおかんを道の向こうで待っていると、店の前から「ショータ! レバー4本?」と聞いてくる。なんでもええから、はよ買うてきてくれ……、と僕には祈ることしかできない。
とにかく犬のごとく僕の名前を呼ぶ。アメリカの空港で荷物チェックインの際、当然英語で、例の「知らない人から荷物は受け取っていませんね?」という質問をされて、やっぱり「ショータ!」。
まわりのアメリカ人が何事かと、僕を振り返った……。
「ショータ」だなんて呼びやすい名前も考えものだ。
「ボケる前に死にたい」と宣って、毎日アホほどタバコを吸うおかん。
きっと僕を 産んだ後にも「仕事の後の一服」をしたはずだ、と僕は睨んでいる。
栗羊羹だの、浜田省吾が出てた新聞の切り抜きだの、「ショータが好きそうなグッズ」を、わざわざ東京から送ってくる。そのくせ金はくれない。
アニキが会社にあてがわれた住居兼事務所に住んでいた時のこと。玄関からキッチンから洗面所までチェックしては、「あら、いいじゃない」と繰り返すおかん。そして、なかなか帰ろうとしないおかん。
別にあなたが住むわけじゃないのだ。
もはや古典の傑作映画「猿の惑星」を、弟が友人たちと初めて観ているってのに、傍らにいたおかんが「……まさか、この猿の星が地球だったとはねぇ」と、最後の最後のオチをバラしてしまう。
弟は当然怒り狂ったそうだ。
商店街で出くわした知り合いに「いいわねー、ハワイに行ってらしたの?」と言われる、美白とは無縁のおかん。
行ってへん、行ってへん。ずっと地元におったちゅうねん。
かなりアンビリーバブル。すごくインクレディブル。もはやアンストッパブル
恥ずかしい。思春期ならずとも、僕はハズカシー!
しかし、同時に「このおばはん死んだら、オレ泣くだろな」とわかっているところが、また弱った部分である。
(了)