月刊ショータ

元電通コピーライター。ずっと自称コラムニスト。著書『広告業界という無法地帯へ ダイジョーブか、みんな?』、『カウボーイ・サマー 8000エイカーの仕事場で』

「リコール寸前」

テレビで深海魚の特集番組を観た。すごいの一言。
なにがすごいかって、その無駄のないフォルム、理にかなった機能、シンプルな生命。「いやー、神様ってのは天才デザイナーだな」と畏れいる思いだ。
あるイカみたいなヤツは、敵が現れると鼻にあたる部分の二つの発光体をピカピカさせる。そして、それを徐々にすぼませていくことにより、そいつが遠ざかっていっているように、敵に錯覚させる。もし、触れられた場合には発光する粉を噴射し威嚇する。
他種の深海魚も発光体を効果的に使い、エサをおびき寄せたり、異性を惹きつけたりする。光りながら無数の肢をワサワサ動かしてプランクトンを絡め取ったり、なるべく酸素を多く取り入れるためにクルクル回転しながら浮遊するという。
体も浮きやすいようにできているのはもちろん、敵から見えにくいように透明で、本当にうまいことできている。
とにかく、自分の能力、機能を十二分に利用して、自分のすべきことをおのずと心得ていることに驚く。
それにひきかえ、人間ってヤツは……。
自分の能力も知らないし、言うべき時に言うべきことを言えないし、すべき時に適切な行動をとれない。周りはコントロールできないことばかりだし、環境への適応にも時間や訓練がいる。
僕は生まれてくる生命体を間違えた。本当はワカメとかになって毎日ポヨポヨ暮らしたかった。工場のミスで、ワカメの生命が人間に吹き込まれてしまったのか。
ポヨポヨの魂が人間の体に適応しようとがんばってきた。それでも、やはり家ではポヨポヨである。こうして執筆している今もパンツは履いていない。
一時間前にはチョコレートを食べて、三〇分前にはアイスクリームを齧った。
休日には発した言葉が、コンビニの店員に向けた
「あ、二円あります……」
だけだったりする。
人としてポヨポヨなのである。工場がリコールしないのが不思議である。
しかしながら、こんなワタシでも、会社では、笑わない社員、近づきがたい先輩、扱いにくい後輩として、マシーンのように脇目もふらず業務にあたっている。残業、休日出勤もものともせず、愚痴を垂れず、上司に対して毅然としていて、女性に親切で、後輩に丁寧、そして、おならもしない地球にやさしい男として、その存在は特別な輝きを放っている。
……か、どうかは知らんが、とにかくマジメなフツーの会社員なのだ。
まぁ、若い頃は女性が暴漢に襲われていたり、老人が交差点で立ち往生していたりすれば、即座に電話ボックスに駆け込んで変身したりもしたものだが、昨今はケータイの普及で電話ボックス自体を見かけなくなった。
だから、今では全て見て見ぬふりでごまかしている。だって、コスチューム抱えてキョロキョロ電話ボックス探すのってカッコ悪いじゃん? なんか、恥ずかしいじゃん?
犯罪率の上昇はNTTドコモのせいだからね。僕は知らんよ。
ワカメの精神が人間の肉体に宿ってしまったこんな僕も、毎日なんとか生活を営んでいる。ヒゲを剃り、電車に乗り、仕事したふりして帰り、郵便物をチェックし、洗濯物をたたみ、五百円玉をチマチマ貯め、ローンを払い、気が付けば「最近あったかいなぁ〜」、とまた時間が過ぎていく。
まぁ、せっかくだから、人間に生まれてきたことを楽んでみよう。
でも、たまには、深海魚たちに思いを馳せるのだ。ちょっと羨ましい気持ちで。
人間の僕も、ワサワサしてお金を儲けることはできないものか? クルクルしてお腹いっぱいにならないものか? ピカピカして女性にモテないものだろうか?
(了)