月刊ショータ

元電通コピーライター。ずっと自称コラムニスト。著書『広告業界という無法地帯へ ダイジョーブか、みんな?』、『カウボーイ・サマー 8000エイカーの仕事場で』

「ウトゥクシクモナイシ、カワイクモナイクセニ」

サラリーマンの仕事をドライヴするものは「怒られたくない」という動機であると喝破したのは、元博報堂のネットニュース編集者、中川淳一郎さんである。

広告業界のしょーもないエピソードが著書である『夢、死ね』(星海社新書 二〇一四年)に書かれていて、業界にいる人間は身につまされすぎて笑えないけど、働く人の全てが大いに頷ける良書である。
 
僕はある晩、友人の小西くん(仮名)と呑んでいた。お互いにだいぶ酩酊してきた頃、小西くんに電話がかかってきた。広告業界にいれば、深夜であろうと休日であろうと構わずに電話が来るのは仕方があるまい。小西くんはそれがあたかも昼の二時半頃ででもあるかのように、「ハイッ!」と電話に出た。
 
僕はウィスキーの氷をカラカラさせながら待っていた。が、なかなか電話が終わらない。
一本済んだと思ったら、彼はまたどこかへ電話をしている。
それがしばらく続いた。何かトラブルでもあったのだろう。
 
彼の仕事は短く言えば、広告販促物を作ることだから、「納品日に間に合わない」、「制作物に誤字が見つかる」、「載せるべき情報に変更が生じた」、「試作したモノがうまくいかない」、「追加の依頼があった」などなど、様々な事案が日々発生する。
 
彼が神妙な顔つきでやっと電話を仕舞ったのを見て、僕は尋ねた。
「大丈夫? なんかあった?」
小西くんは苦笑いして、
「いや、あの、なんと言うか……」
と言いにくそうにした。
 
聞けばこうだ。
A社の仕事を請けたB社から発注を請けて、彼は制作物を作り、A社の倉庫にブツを納品した。配送したのは彼からの指示を受けた運送会社のトラックだ。
納品が遅れていて、催促の電話でもあったのかと思ったが、違う。
木曜日に納品する予定だったものを、月曜日に配達してしまったのだ。
つまり三日早かったのだ。
 
「ええやんか。何があかんねん」
「いや、ところが、B社の人が言うにはですね……」
 
A社の倉庫の人が予定にないモノが届いて怒っているかもしれない。だから、配送業者に言って、それを引き取りに行かせ、木曜日にもう一度運べ、ということのようだ。
 
「配送の人には連絡ついた?」
「ええ、おっちゃんは仕事柄もう寝てましたので、『はぁ? なんでんのん、それー』言うてました。まぁ当然ですけど」
「そりゃそやろ。引き取る言うても明日になるやん。それをまた翌々日持って行くわけだからアホらしいわな」
「僕も理由が説明できないから『とにかくお願いっ!』しか言えませんでしたわ」
「A社の倉庫は実際困ってたの?」
「いえ、おっちゃんはフツーに納品したそうです」
 
ということはだ、B社がA社に電話の一本でもして、
「すみません、三日早い今日届いてしまいました。倉庫の方に問題ないでしょうか?」
と訊けば済みそうな話なのだ。
問題があれば謝って、引き取ればいい。
しかし、人間の常識として普通「早い」場合には、「あぁ、そうですか。まぁ構いませんわ。ごくろうさまでした」で終わる話なのだ。
 
それをB社の人間が「怒られるのを怖れて」、A社の担当者が気付く前に、倉庫から引き取らせて、何事もなかったように納品し直して、「予定通り納品しました!」と報告したいだけなのだ。
 
これがええ年こいた大人の仕事か、と呆れるしかない。サラリーマンというのはこんなヤツばかりなのだ。
僕にも会社員時代には、もっとくだらない話はたくさんあった。が、くだらなすぎて忘れてしまった。そんなことをメモリーに残しておけるほど、僕の脳ミソには空き容量がないのだ(思い出したらまた書くけど……)。
 
だから、これを読んだ方は、「いや! オレの話はもっと酷いぞ」というのを送ってこないで下さい。そりゃあるでしょう、あるでしょうよ。しかし、私は、そういうしょーもなエピソードを奉納して成仏させる宗教施設ではありませんので。
 
前回、広告業界のしょーもな話を書いたら、お読みになった方々から慟哭のような共感の声を多々いただいた。
僕はこのコラムではなるべく批判のみではなく、解決策を提示することを心がけている。大概の場合、非現実的な冗談にして逃げるのだけど、本人としては真っ当な論のつもりだ。
 
しかし、今回はマジメに書こう。
なぜなら、僕は電通を辞めて、現在 sunawachi.com という日本の小さなレザーブランドを集めたオンラインストアを運営しているので、仕事を請ける側から、依頼する機会も持つようになったからだ。
デザイナーに仕事をお願いする時に、僕が気を付けていることはこうだ。

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ツイッターの一四〇字で足りないところを補足する。
 
「僕はこういうことをしようとしています」とまず意図や背景を伝える。
「そのためにこういう○○が要ります」と目的を明確にする。
「見た人にはこういう印象を持ってほしいと思います」と希望を知ってもらう。
「コンセプトは×××なので、こういう点には気を付けてほしいです」と注意点も想定できる範囲で予め示す。
自分の好みの参考イメージがあるなら、方向性として見せる。
 
すると、デザイナーたちは僕の予想を上回るものを作ってみせてくれるのだ。僕はデザイナーではない。だから、デザイナーにデザインの仕事を任せると、ちゃんと成果物を上げてくれる。僕にはどうやったのかわからない方法で成し遂げてくれる。
 
「プロというのは、素人が『それ、どうやったの?』と思えることをする人のことだ」と言ったのは、先輩の田中泰延氏だ。
僕もそうありたいと常々希求している。
 
取引相手とは基本的に対等だ。
僕は初めに言う。
「僕は僕の希望を勝手に言うから、もしも無理な場合や嫌な時は言ってくださいね」
各レザーブランドからしたら、製品を仕入れてくれるスナワチ社は「おカネを払ってくれる」側だからお客様として扱ってくれるかもしれないけど、出来たばかりの独立系オンラインストアがそんなに売りまくる力はないし、そもそも僕はそんなふうに扱われたくはない。
なぜなら、レザー製品は彼らが一つひとつ手でつくり、大量生産ができないため、僕にモノを回してくれるだけでありがたいのだ。
 
会社員を辞めて、当然カネに困ることはある。不安もたんまりある。
しかし、しょーもないストレスは低減したと断言できる。
だって、僕と作ってる人が直接話して、Yes/Noを即断できるのだから。
間に営業もいなければ、物事が決まってから口を出してくる役員もいない。人間が多くなればなるほど、動くカネは大きくなるけど、しょーもな度合は際限なく肥大化する。
そういう中で勝ち上がっていける人もいるけど、僕にはチームプレイというものが昔からダメだったのだ……。
 
僕は広告業界に片足は残している。そんなつもりはなくて、電通を辞める時に過去の制作物や貰ったトロフィーなんかは全部捨ててきたのだけど、たまにこの月刊ショータを読んだ方が「君おもしろい。うちのコピー手伝ってくれ」と依頼してくださる。
そういう方々も大企業ではないから、直接「いいの悪いの」の決断ができて、話が早い。なかなか決まらない時は、もう営業の交渉力が足りないわけでもないし、上司の判断がおかしいわけでもないので、「オレの力不足だ」と、正直に思える。たまに反省する。
 
原則的に、このコラムには旅行記以外で自分のことはなるべく書かないでいた。それなのに、今回は色々書いてしまった。
悩める人に、なんかのヒントになればいいと思ったのだ。
仕事を発注する側の人が、少しでもクリエーティブと呼ばれる人たちの能力を活かしてくれるよう計らって依頼し、導いてくれればいいし、受注する側の人が、あちらの事情や経緯や達成すべき成果に想像力を働かせて才能を発揮してくれればいいと思う。
ストレスではなく、期待という名のプレッシャーを充分に感じて、それを跳ね除ける仕事が為せればいい。
 
しかし、まぁ、なんというか……。徒労感あるよな。
日本人よ。一切ウトゥクシクモかわいくもないくせに、自分がかわいいおっさんらよ。寝ている赤帽のおっちゃんを叩き起こしてでも、オノレだけは怒られたくないサラリーマンよ。
なんかオレ、哀しくなってきちゃったので、小西くん、また呑みながらしょーもな話をして、笑わせてくれよな。